クローン転生実験(3)
QPの大ホールには巨大なモニターが設置されており、壇上にはアビオラCUEOが立っていた。
「今夜の実験は、残念ながら諸君らの目で直接見ることが出来ないことをお詫びしよう。こちらのモニターでの中継となる」
モニターに映ったのは大きな何かの装置。中央にはカプセルが二つ並び、その内の一つのカプセルには金髪の少女が横たわっていた。
「こちらの装置は『魂の緒を切り離し、オリジナルから射出し、クローンに憑依し、再生を確実にするための装置(Device for Detaching the Psyche-Soma Linking Thread, Projecting it from the Original, Possessing the Clone, and Ensuring Rebirth System)・・・長いな。『DDPS-POPCER System』と呼ぼう。これよりDDPS-POPCER Systemを使って行う実験は『クローン転生実験』だ。被験者は『ヴィクトール・クローネル』氏となる」
全裸のヴィクトールが研究開発室に入ってくる様子がモニターに映る。大事な部分は光学処理されてぼやけてはいるものの、骨格や腰の括れから映っている人物が女性だということは明確だった。これに大ホールがざわめきだす。
「・・・女性?」
「総帥は女だったのか?」
大ホールの様子にアビオラは眉間の皺を深くした。
ヴィクトールは全裸のまま堂々と装置のカプセルへと歩いていく。片方のカプセルにはヴィクトールの「7号クローン」が入っていて、頭部が向かい合うように並んだもう一つのカプセルへと足を運んだ。手順通りにカプセルのハッチを開け、自らの体をも潜りこませる。
・・・不思議な感覚だった。カプセル内に寝そべった瞬間、地面に立っているような感覚になったのだ。足の裏には何もないはずなのに。視界はカプセルの透明な強化アクリルと研究開発室の無機質な天井だ。カプセルに寝ているのに、立っている。
重力子によるGが体にかかると、普通はどこまでも落ちるような感覚に襲われるはず。どういった重力子の制御を行っているのか?ヴィクトールはQPの所長が天才だと感心する。
「絶対に眠らないでください」
QPの所長から言われた注意事項だ。
人間というのは夢を見ている時、稀に幽体離脱していることがあるという。「DDPS-POPCER System」は「魂の緒(Psyche-Soma Linking Thread)」を切断するのだ。幽体が離脱していると、クローンに転生できないどころか元の肉体に戻ることもできなくなる可能性が高い。すなわち「死ぬ」のである。絶対に寝てはいけない。
(この状態で眠る方が難しいと思いますが)
ヴィクトールの感覚では立っていた。それも徐々にGが増えていき、今では2Gぐらいに感じられる。足に力を籠めなければならないほどだ。世の中には立ったまま眠ることが出来る者もいるが、ヴィクトールにそのような経験はない。
ストン。
不意にヴィクトールの足元の地面が無くなった。遊園地には「フリーフォール」のような、落下を楽しむ遊具がある。落ちた瞬間、頭の先から魂が抜けてしまうような、そんな感覚。
一瞬だけ視界が暗転し、ヴィクトールはまばたきを繰り返す。目の前には透明なカプセルの強化アクリルが映っていた。気が付けば立っている感覚も落ちる感覚もなく、あるのは背中にGを感じる寝そべった感覚だ。
カプセルが開き、ヴィクトールはゆっくりと上体を起こす。QPの所長が近づいてきた。手には鏡を持っている。
「・・・成功ですね」
ヴィクトールは渡された鏡を見た。
映った自分は少女になっていた。7号クローンの顔だった。