影武者
「総帥。暗殺者の捕獲に成功しました」
「ご苦労様です。・・・落ち着きましたか?」
「・・・はい。取り乱してしまって、申し訳ありません」
「妖精」の居住棟2階にある所長室。ヴィクトール・クローネルは無事だった。いや、最初から大した怪我を負ったわけではない。VTOL墜落時こそ足を負傷し、大事をとって車椅子生活をしたものの、彼女は下半身不随などにはなっていなかった。
「それにしても社長、ちょっとクローンちゃんの扱いがヒドすぎるんじゃなくて?実験台にするのは仕方ないにしても、自分の身代わりに暗殺者に殺させるなんて・・・」
自我がなく自身で動くことができないクローンを車椅子に乗せて、遠隔操作で動かし影武者にする、というのはヴィクトールの案だ。故にアビオラ来訪時は車椅子生活になったことをアピールした。暗殺者がどこから情報を仕入れているかわからない以上、ヴィクトールが軽症なのを知っているのは医師と所長ぐらいであった。側近である秘書官にすら秘匿していたのである。
「1号クローンは役に立ってくれました」
ヴィクトールは満足そうに微笑むと、所長は秘書官を呼び寄せ小声で指示をする。
「社長のクローンを手厚く葬ってくださいね。しっかりと墓標も立ててあげましょう」
「やめなさい」
ピタッ。
ヴィクトールの怒気を孕んだ冷ややかな声に、所長も書記官も動きを止めた。
「クローンは人間ではありません。気持ちはわかりますが、そのような考えはこの先の『クローン事業』に支障をきたします。割り切りなさい」
「・・・わかりました」
所長室を沈黙が支配する。いたたまれなくなって所長は無理矢理話題を変えた。
「そ、それにしても、Aテックが試供してくれた『重力波砲』は凄いですね。5マイル離れていても命中するのですから」
暗殺者を捕獲できたのは、Aテックが試供した「重力波砲」によるものだ。高重力波を高重力線で、ビームのように標的に放つ兵器である。重力や物体の影響を受けず、直線的に標的に対し高重力波を浴びせるものである。重力波が物質を透過することから、破壊力はないが幽子や霊子に影響を与えることが出来る対生物に特化した兵器だ。
「GMCデバイスで記録を録ってますよね?解析は済んでいますか?」
「解析中です」
「PK能力発揮の瞬間と『重力波砲』直撃の瞬間を捉えた貴重なデータです。『重力波砲』の人体照射サンプルはAテックも持ってないでしょうから、解析データはAテックに無償提供してあげてください」
「畏まりました」
重力波砲を浴びた暗殺者の命はあるものの、魂が無事かどうかは定かではない。
「・・・・・・」
「社長、どうかしましたか?」
黙って考えているヴィクトールに、所長は声をかけた。
「いや『GMC』って『Ghostmatter Capture』の略ですよね。ISCOはゴーストマターを俗語として、学術名称を「サイコゲノム(Psycho Genome)」に統合したはずです。ならば『GMCデバイス』ではなく『PGC(Psycho Genome Capture)デバイス』に名称変更すべきではないか、と思いまして」
「・・・そ、そうですね」
所長は「そんなこと、どうでもいい」と思いながら、愛想笑いを浮かべて相槌を打った。