霊媒師
チベットの山奥にある小さな寺院。「探求者の手(The Abyss Hand)」がヴィクトール・クローネル総帥の依頼で探し出した霊媒師がいるところだ。
麓の村まではエクセル・バイオの総帥専用ヘリで飛ぶことは出来ても、寺院へと続く長い階段は徒歩で行かなければいけない。霊峰エベレストに連なる山脈の一部。エクセル・バイオの一行は大小さまざまな荷を背負ったポーターを従え、徒歩で寺院へと向かっていた。空気は希薄で草木の生えない不毛の土地に築かれた階段を、ヴィクトールは男物のスーツ姿で息を乱すことなく先頭で闊歩していく。
「はぁはぁ、こんなところまで、総帥自ら足を運ぶ必要はなかったのではないですか?」
ヴィクトールのすぐ後ろを歩く秘書官が、息を切らしながら言う。
「そうです。それにこれだけの機材を持ち込むのであれば『妖精』まで来てもらった方が手間もかからなかったと思うのですが」
OSRCの研究主任が、生きも絶え絶えになりながらも平然を装って言葉を続けた。ポーターが背負う荷物は大小様々な大きさの新型GMCデバイスだけではなく、血液採取器具や心電図計測機、X線撮影器具などの医療機器も積まれている。重量物は神輿のように10人ほどで担がなければならず、おかげで100人近い集団が列をなして階段を上がっていた。
「無理な依頼をするのです。こちらが出向くのが筋だと思いますが?」
「探索者の手」には「GMCデバイスや他の危機での測定に協力してくれる霊媒師」という注文を出していた。普通の霊媒師は科学機器を持ち込むことを嫌うからだ。逆に言えば現代のゴーストマター科学を受け入れるということは、揺るぎない自信の表れでもある。本物であることに間違いはないだろう。
「遠路はるばる、ご苦労なことでございますな」
古びた小さな寺院に辿り着いた一行は、お堂のような離れの建物に案内された。ただ四角いだけのだだっ広い部屋には神仏などの像も無く、4角に篝火があるだけだ。中央で待ち構えていたのは白装束に身を包んだ盲目の老婆一人だけだった。
「大勢で押しかけてしまい、申し訳ありません」
ヴィクトールが一行を代表して前に進み、老婆に向けて丁寧にお辞儀をする。
「話は聞いておるよ。好きにしたらええ」
「では、お言葉に甘えて」
総帥が軽く右手を上げると、一行は慣れた手捌きで荷を解き機器を配置していく。だだっ広い部屋に数々の機器が、老婆を取り囲むように設置されていった。
「何を遠慮しておる。この婆にもいろいろ取り付けるんじゃろ?ほれ、早うせい」
老婆は無防備に両手をだらりと前に出した。エクセル・バイオのスタッフがテキパキと、老婆に器具を装着していく。老婆は抵抗することなく為すがままだ。
「何故・・・そんなに協力していただけるのですか?」
「おかしいかの?」
「・・・・・・」
ヴィクトールは返答に窮する。
「儂も『ナディヤ・カザンスカ』のファンですからの」
老婆はニッコリと微笑んだ。