クローン実験(1)
エクセル・バイオの「極東高度研究所(Far East Advanced Research Institute)」は頭文字FEARIを捩って「妖精(fairy)」と呼ばれている。「妖精」の実験室ではヴィクトール・クローネルのクローン体を使用しての様々な実験が繰り返されていた。
注力しているのはクローン体の幽子の有無である。今までのGMCデバイスでは「クローン体には幽子がない」という判断しかできなかった。しかしISCOが発表した新型GMCデバイスを使えば、魂どころか魂を構成する「魂糸符」や、魂糸符を構成する128個の「魂核子」、さらに魂核子を構成する幽子と霊子の数まで判明するのである。クローン体に幽子が無いとはいえ、魂核子も魂糸符も無いのか、または別の要素なのかを判別する必要がヴィクトール・クローネルにはあった。今後のクローン事業のためである。
新型GMCデバイスは短時間ではあるものの非常に高周波の重力波を照射する。そのため新型GMCデバイスは、比較的危険度の少ない指先での使用をISCOは推奨していた。魂糸符は同じ固体であれば、どこから検出しても同じだからだ。稀に切れているものや、不完全な魂糸符が検出されることはあっても、魂核子の構成が違う魂糸符が検出されることないはずだ。
クローン体から幽子が無いという根拠を一向に見出すことができないことに、ヴィクトール自身が決断を下す。指先から検出されないのであれば、胸や頭部。出力が足りないなら高重子線量。照射時間を長くすることもあった。仮に魂のある人間であれば、魂に損傷を与えかねないレベルの実験。
眠っているだけのはずのクローン体の顔が苦痛に歪み、全身から玉のような汗を流す。クローンに魂はなくても痛覚はあるのか。しかし自身と同じ顔をしたクローンを見つめるヴィクトール・クローネルは、無表情で眉一つ動かすことはない。
GMCデバイスに反応が生じた。OSRCの科学主任が分析を急ぐ。総帥以下、エクセル・バイオの関係者は黙って報告を待つ。秘書官たちがヴィクトールのクローン体の汗を拭き、苦痛を和らげるよう全身をマッサージする。彼女たちにとってはクローンと言えど、総帥と同じ顔をした崇拝する存在なのだから。
やがてOSRCの科学主任がGMCデバイスの画像を見せる。映っていたのは全身から立ち昇る、極めて細い白く透けるような糸。拡大された分析画像には小さな球が数珠のように繋がっていた。
「魂糸符と魂核子に似ていますが、幽子はありません。これをさらに拡大すると、魂核子ならば幽子があるべき中心に別の何かがあります」
幽子はGMCデバイスだと淡く光るような白い玉として映るが、画像に映っているのはかろうじて輪郭がわかるほどの透明の玉。魂核子の分析画像では、複数の幽子の周りを複数の霊子が回っているのだが、この画像では霊子は止まったままだ。
「さらに驚くべき事実が判明しました」
画像が左右に分割され、玉が連なる魂糸符が並んで表示されていた。
「右が総帥の魂糸符で、左がクローンの魂糸符のようなものです。わかりやすく魂核子の幽子の数も表示しています。魂核子は幽子の数によりA,B,C,D型の4種類に分類されるのですが・・・」
「・・・同じですね」
ヴィクトール・クローネルが呟く。
「はい。幽子と透明の玉との違いはありますが、配列が全く一緒なのです」
「「「おおっ!!」」」
実験室にいる誰もが驚愕し騒めく中、ヴィクトールは口元に微かな笑みを浮かべた。