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ヴィクトール再来(2)

 アビオラCUEOとクローネル総帥は、前回使った応接室ではない別の部屋に入っていった。

 「ここは私の私室だ。アポが無かった以上、今回は非公式、いや私的目的で総帥が来訪してきたということにしておく」

 「私室で何をするつもりですか?」

 総帥が妖艶に微笑む。

 「私にハニートラップは効かんよ。伊達に大国の仲裁してきたわけではないのだよ」

 「あら、残念」

 総帥は何もなかったように平然とソファーへ向かい、わざとスカートの中が見えるほど大きく足を振り上げながら足を組んだ。アビオラCUEOは一瞥もしないで、紅茶を淹れ始める。

 「とっておきの紅茶だ。地球上でもなかなか手に入らんシロモノだ」

 「ずいぶんとVIP待遇してくれるのですね」

 「あなたの『願い』とやらを、少しでも聞きたくなくてね」

 「正直ですね。嫌いじゃありません」

 クローネル総帥がアビオラに無理難題に近い要求をするのは目に見えていた。ここから二人の駆け引きが始まる。いや、総帥が「女」を全面に押し出した時点から始まっていた。この状況を二人とも楽しんでいる。

 総帥にとっては雪辱戦だ。前回はエクセル・バイオの意図を全てCUEOに読まれていた。結果としてエクセル・バイオの思惑通りに事は運んだものの、単純にCUEOと思惑が一致していただけなので総帥としては面白くない。アビオラは経験豊富だ。相手の意図を見透かした上で、相手の要求に近いもの、あるいは要求よりも上のものを提示する。Win-Winを信条とする「クワメ・アビオラ」の真骨頂とも言えるだろう。二人とも結果は見えている。最終的にはヴィクトールの要求をクワメは飲むのだ。交渉決裂は絶対にない。だが過程によって、二人の心中は大きく変わる。どちらの主導権で結果を導くのか。二人の焦点はここにしかなかった。


 二人はソファーに座り、紅茶に口を付ける。どちらから話を切り出すのか。腹の探り合いが無言の空間を支配していた。

 「地球を守るという茶番は、いつまで続けるのですか?」

 先に切り出したのは、総帥の方だ。

 「失敬な。地球を守りたいのは本音だぞ」

 「でも守り切れないことも、あなたは理解している」

 「世の中、バカばっかりだからな」

 「何故、バカの責任まで負おうとするのですか?地球がダメになるのは、あなたのせいではありません」

 「愛する地球がダメになっていくのを、指を咥えて見てろって言うのか?」

 「憎まれ役も、ほどほどにしないと手遅れになりますよ」

 「承知の上だ」

 「リスクパフォーマンスの観点から見ると、らしくないですね」

 「リスクパフォーマンス」総帥が作った造語だ。リスクに対する成果のことで、リスクの大きさと成果の大きさを天秤にかけて判断する、クローネル総帥の信条でもある。


 「あなたが思っている以上に、地球側は屈辱に塗れています。そろそろ『アメ』が必要です」

 「そうじゃない。主義は一貫してこそ信用となる。途中での方針変更は『コウモリ』に等しい」

 「地球が一枚岩になったら、ISCOでも太刀打ちできませんよ?」

 「・・・そこまで追い込まれているのか?」

 「地球環境の悪化は、想定内の中で最悪です」

 アビオラは顎に手を当てて考える。彼の頭の中には「地球脱出」が常にあった。しかし人類が納得し明るい未来のための脱出でなければ、人類は過酷な宇宙環境の中で衰退する。宇宙進出は明るい未来であるべきだ。決して地球から追い出されたという「負」の感情を抱いてはいけない。


 「重力子による重力波研究を、地球上に開放してあげなさい。重力波通信だけでも、地球側は喜びますよ」

 「そして、エクセル・バイオは地球上でクローン研究を始めるわけだな」

 「SSDも完成間近みたいですしね」

 「SSD」とは、QGCが開発した「時空間歪曲表示装置(Spatiotemporal Distortion Display)通称:SDD」のことである。QGCは重力波による時空の歪みを投影する装置を作りあげたのだ。これで「幽子」あるいは「霊子」を投影することが可能になる。あとは重力波の周波数や重力子量の強さなどを、ラットやモルモットによる動物実験を繰り返すことで調整していくことだけだった。動物実験はエクセル・バイオの得意とするところでもある。

 「耳が早いな。まだISCO発表前だぞ」

 「いつの時代も、情報が勝負のカギですよ」

 「今回は私の完敗だな。ハニートラップではなく、正論で敗けるとは思わなかった」

 「トラップではない『ハニー』も、いいものだとは思いませんか?」

 総帥はするするとドレスを脱ぎ始める。

 「こんな中年にか?物好きだな」

 「あら。『嫌いじゃない』と言いましたよ?」

 「失礼ながら、負け惜しみで言わせてもらうぞ。あなたの体は残念ながら情欲を誘わない」

 「豊満な肉体に欲情するのは二流です。世に出ているスーパーモデルは、どちらかというと私のような貧相な体だと思いますけど?」

 総帥が全裸になり、CUEOの前に優雅な足取りで歩み出る。筋肉質で長身の体の胸は小さい。

 「参った・・・今回は本当の意味での『完敗』だな」


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