ゴーストマター観測装置
「GECRI-2nd」はグラビサイエンスがアステロイドベルトに建設した、最新鋭かつ大規模なブラックホール実験施設である。GECRI-2ndでは、ブラックホールエンジン開発とは別に、ゴーストマター観測装置の開発を急いでいた。超加速された重力子による時空の歪みでゴーストマターを発見した「変人の伝説」をヒントに、重力子照射でゴーストマターを観測しようという試みである。重力子実験もブラックホール事業の一環と見なされ、地球圏ではできない実験をしているのだ。
ゴーストマター観測装置のイメージは、放射線を使ったレントゲン装置だ。放射線と違い重力子線自体は人体に影響はない。何故なら人類は常に重力下で生活しているのだから。しかし地球の重力である1Gでは時空の歪みは発生しない。どれくらいの強さの重力子線で時空の歪みが発生するのか。あるいはブラックホールによる時空の歪みで観測装置を開発できないかという実験を繰り返していた。
しかし時空の歪みは100GD/sを越えた辺りから発生する。また、ブラックホールによる時空の歪みもシュバッルツシルト面付近で発生していた。どちらも人体には不向きだ。100GD/sを浴びた体細胞は一瞬で壊死に至る。臓器の機能が失われ、多臓器不全が生じるだろう。ブラックホールのシュバルツシルト面に近づき過ぎれば、人体はあっという間にスパゲティになってしまう。
GECRI-2ndでのゴーストマター観測装置の開発は暗礁に乗り上げていた。
「先輩、お疲れ様です」
「先輩か~。いい響きだね。今まではボクが最年少だったから」
グラビサイエンス・量子幻影研究所(通称:QP)の休憩室。未来エネルギーの若い科学者とグラビサイエンスの新人科学者が、一日の業務を終えて寛いでいた。
「キミは毎日楽しそうだね。基礎研究しかできないのに。ボクはヒマだよ」
未来エネルギーの若い科学者は、将来の科学界を背負うとまで噂される逸材だ。ゴーストマター研究のためにGECRI-2ndには行かずにQPに来たのだが、ゴーストマター研究は思考実験しかできなかった。ゴーストマター観測装置が暗礁に乗り上げてしまったからである。観測すらできないものを研究することはできない。
「基礎研究、楽しいですよ。『重力子』なんて学生の頃は研究しようがなかったですから。ここでは『光子』の研究も出来るし、最高です」
そこで休憩室の扉が開いた。
「よう、二人とも元気そうだな」
「「所長、お疲れ様です」」
「二人で1日の反省会か?仕事熱心で結構」
「ボクは仕事してないですよ」
「いや、それは正直に申し訳ない。まさかゴーストマター研究に必要な観測機が、暗礁に乗り上げるとは思わなかった。GECRI-2ndなら、簡単に開発してくれると思ってたんだけどな。わざわざ君をQPに引き抜いたのに、宝の持ち腐れだ」
「今からちょろっと2ndに行って、ちゃちゃっと開発してきましょうか?」
「やめてくれ。君が2ndに行ったら、QPに帰してもらえなくなるぞ」
「先輩なら開発できるんですか?」
「「できる(キッパリ)!!」」
「・・・凄い。断言しちゃってるよ、この人たち」