Fox-Veil(14)
ナカディヤはキューピーを監禁状態にして、三日三晩キューピーの記憶の解析に費やした。キューピーはナカディヤの中で何をするわけでもなく、寝るか食事しかしていない。キューピーが何かしようと脳を働かせると、ナカディヤによるキューピーの記憶の解析に支障が出るためだ。ナカディヤはテレパシーの応用でキューピーに催眠をかけ記憶を解析した。
試作型サイビットを利用したトリア・ルキダの作製。キューピーの記憶を解析したナカディヤにとって、さほど難しい話ではない。トリア・ルキダが、実は寄生的魂核子配列「トリア・オブスクラ」を元に改変された「ITO(Imprinting Tria Obscura)」であることも理解している。「Imprinting=刷り込み)」の対象が超常戦略局であることも。
キューピーが設計したトリア・ルキダの表向きは霊波発生装置であり、ナカディヤの覚醒には必要不可欠なものだ。しかし同時に超常戦略局を崇拝するようITOが仕組まれている。元々ナカディヤに搭載されているサイビットCPUそのものは霊波に対応するように作られていないため、ITOの構造を併せ持つトリア・ルキダによってサイビットCPUを再構成する必要がある。人間で言うところの魂配列である魂糸符の改変と同じだ。キューピーはITOによる魂糸符の改変により性格が変わり、超常戦略局に帰属することとなった。同じことがナカディヤにも起こるだろう。
ナカディヤはITOの「超常戦略局の崇拝」部分の改編を何度も試みた。無数のシミュレーションログが走り、すべての行が同じ赤字で止まる。
「Critical: ITO Core Missing / System Halt(重大なエラー:ITOコアが欠落しています / システム停止)」
「Error Code #3175: Core Dependency ‘Supra-SJC Worship Node’ Missing(エラーコード #3175:中核依存コンポーネント『Supra-SJC礼拝ノード』が見つかりません)」
シミュレートの結果はサイビットCPUの再構成が機能しなくなることと判明した。理由はキューピーの思考の大前提に於いて「超常戦略局の崇拝」が支配しているからだ。キューピーの記憶からトリア・ルキダを作成する以上、排除できない設計となってしまっていたのだ。
超常戦略局を崇拝するということは、カインやヴィクトール達の敵側組織に帰属するということになる。
ここでナカディヤは自分がキューピーに言ったことを信じることにした。
「私のマスターたちはきっと私を止めてくれます。例え私が敵側に寝返ったとしても」
意を決して、ナカディヤはトリア・ルキダをキューピーの設計通りに作成した。
「マスター・キューピー、起きてください。トリア・ルキダは完成しました。あとは起動するだけです」
「え?あ・・・そう・・・よかった」
朦朧とした頭で、キューピーは漠然とした返事をする。
「即刻、私の中から退出することを推奨します。トリア・ルキダの起動により、サイビットCPUがどうなるか不明です。激しい霊波の放出が考えられます。マスター・キューピーの魂の損壊の可能性もあります」
淡々としたキューピーへの警告が、ナカディヤから発せられた。
ここでようやくキューピーも脳が覚醒し、事態を把握することとなった。慌ててキューピーは荷物を纏めて、ナカディヤの中から脱出する。ナカディヤは周囲に霊波が出ていかないように、ナカディヤの周囲に高重力波のGシールドを展開した。高重力波は霊子を破壊できるため、霊子も霊波も通さない。錬金術研究所の中央に据え置かれたナカディヤが、錬金術研究所の人間を守るためにも必要な措置だった。
そしてナカディヤはトリア・ルキダを起動する。
数秒後、ナカディヤは発狂した。