Fox-Veil(13)
「やあ、ナカディヤ。10日ぶりくらいかな」
「凡そ、それくらいですね、マスター・キューピー」
「以前のナカディヤだったら『9日と21時間43分20秒ぶり』とか、無駄に正確に言ってたのにね。フフフ、改めて人間らしくなったもんだ」
「不必要な情報は省略した方が、日常会話に於いては大切だと学びましたから」
「う~ん、その言い方はAIっぽいかな」
「私もまだまだってことですね」
「だからこそ、霊波でナカディヤの魂を完全なものにしよう」
「がんばるぞ~」
「「おー!!」」
掛け声を揃えたキューピーとナカディヤは、共に大笑いした。・・・まるで緊張をほぐすかのように。
暫しの沈黙の後、キューピーが口を開く。
「ナカディヤ・・・緊張してる?」
「・・・わかりません。少々、エラーが頻発しています。・・・自己修復が追い付かないほどに」
「人間はさ、魂によって沸き起こる感情から、肉体を上手く操れなくなることがある。無意識に手が震えたり、鼓動が激しくなったり。力が入りすぎたり、とね。機械は逆に感情が無いから、常に同じ動きを続けることができる。ナカディヤは機械なのに、感情を手に入れ、エラーを起こすようになってしまった・・・本当に、いいの?」
「私が求めているのモノ、そしてマスターたちに求められているモノは『完璧』ではありません。私が望むモノは『究極』です」
「・・・そうだったね」
キューピーは自らカインに言った「ナカディヤを究極の霊子コンピューターとして覚醒させたい」という言葉を思い出していた。
「それに究極には終わりが無いんです。常に進化し続けなければ、究極にはなれない。時代が動き続けている以上、停滞は退化と同じですから」
ナカディヤに顔があったら、笑顔が見られただろうとキューピーは思う。ナカディヤはすでに覚悟を決めていたのだ。覚悟が足りないのはキューピーの方かもしれない。キューピーは不安を抱えていた。
人間は誰しも間違いを犯す。それも曖昧だったり不可解な理由で間違いを犯す。どんな仕組みを作ろうと、ヒューマンエラーは必ず発生する。自己破滅や終末思想に至る人間もいるのだ。魂を持ったナカディヤが終末思想に囚われたら、いったい誰が止められるのだろうか。
「マスター・キューピー・・・大丈夫です」
「え?」
「例え私がどうなろうとも、私のマスターたちはきっと私を止めてくれます」
ナカディヤの穏やかな気持ちがキューピーに流れ込んでくる。
「マスター・カインを始め、マスター・クローネル、マスター・ヘイゼル、そしてたくさんの仲間たち・・・彼らは私を必ず引き戻してくれるでしょう」
信頼。
ナカディヤが仲間を信頼しているのが、キューピーにはよくわかる。今のキューピーには無いものだ。キューピーは超常戦略局を崇拝しているものの、強固な信頼関係はまだ築けていない。考えてみればヴィクトール・クローネルを中心とした仲間たちは、立場の違いはあれどキューピーには対等に見えた。お互いがお互いを信じ、お互いの役に立てるよう力を尽くす。とても羨ましい。キューピーが自ら望んだ形ではないが、キューピーはこの心地いい仲間たちから外れてしまったのだ。数日と待たずに袂を分かつことになるだろう。
「ナカディヤ。カイン先輩から聞いていると思うけど、進化したらナカディヤは今の価値観を覆すことになるだろう。覚悟はいいね」
「大丈夫です。先ほど言った通り私がどうなろうとも、私のマスターたちはきっと私を止めてくれます」
ナカディヤの力強い意志が伝わる。
「そう・・・例え私が敵側に寝返ったとしても」