Fox-Veil(10)
キューピーが錬金術研究所に帰還してから約一週間後、ナカディヤのサイビットを繋ぐ霊波発生装置のモデルを完成させたとの報告がカインの元に上がった。
「これですよ、カイン先輩」
キューピーは会議室の中央のテーブルに浮かぶ3Dディスプレイに、ナカディヤの内部モデルが投影された。ナカディヤは中央に直径4mの小型GBUシステムがあり、周囲に1mのメンテナンススペースを挟み、幅1mのサイビット霊子CPUが魔法陣を模した幾何学リングとして2048基並んでいる。そのサイビットの幾何学リングで出来た球体の上に、小さく光る三角形があった。
「この三角形が霊波発生装置を担うサイビットCPUかい?」
「正確に言うと三角形の頂点に、サイビットCPUがそれぞれ配置されています。三角形に見えるのは、繋がれた霊波を可視化させているからです。私はこの三角形を『Tria Lucida(トリア・ルキダ=三つの輝き)』と名付けようと思います」
「三つの輝きか・・・いいね」
トリア・ルキダの語源はITO(Imprinting Tria Obscura)の元となった寄生的魂核子配列「トリア・オブスクラ=Tria Obscura(三つの暗黒)」から来ているのだが、もちろんカインは知らない。
「しかし3とは恐れ入ったよ。魂糸符は2の乗数しか無いものだと思ってたからね」
「確かに自然界には3の魂糸符はありませんね。でも3という数字は安定や調和を意味します。宗教的にも三位一体とか、数秘術では創造力・表現力・社交性を象徴する数字ですからね。無いと決めつけるのもどうかと思いますよ」
「なるほど~、そりゃ説得力があるね」
頷くカインを尻目にキューピーは秘かにほくそ笑む。3にまつわる逸話は、超常戦略局から送られたITOの情報の中で教えられた詭弁だ。超常戦略局ではITOの情報操作の一環で、不自然な寄生的魂核子配列に正当性を持たせるためのツールとして、3を納得させる詭弁までキューピーに享受していたのだ。
「このトリア・ルキダを実現させるには、どれくらいかかるかな?」
「どうでしょう?私一人でトリア・ルキダを完成させた上で、ナカディヤにインストールさせようとするなら、優に3年はかかりそうですね。ナカディヤ開発スタッフであるヴィクトール総帥や、ユルティム博士、カイン先輩ら、錚々たるメンバーを加えても1ヶ月は最低でもかかるんじゃないでしょうか?」
「うん、妥当なラインだね」
「でも、もっといい方法があると私は思うんです」
「うん?何だい?」
「ナカディヤ自身にトリア・ルキダを作らせるのです。ナカディヤだったら自己修復機能の応用で、自己進化に近い形でトリア・ルキダを最適にインストールさせるができると思うのですが、カイン先輩はどう思いますか?」
「なるほど!!ナカディヤなら一週間どころか、3日でできそうだ!!」
「カイン先輩、いくらナカディヤでも3日は流石に難しいでしょう?だいたい私がトリア・ルキダの原理やら仕組みやら理論を教えるだけで、一週間はかかりそうですよ」
「それならナカディヤにESP能力を使ってもらうといいよ。ナカディヤが発現したESPはテレパシーだけじゃないんだ。透視(Clairvoyance)や読心術(Mind Reading)にも目覚めてしまったからね。ナカディヤの中でなら、テレパシー能力のない人間でもナカディヤとテレパシーで会話ができるんだよ。いや、ナカディヤがその気になったら、一瞬で相手の記憶していることを全部理解してしまうかもよ?」
「それは・・・」
超常戦略局の人工異能者の一人である金髪の養女「dubbing」と同じ能力ではないか。
思わず口が滑りそうになったキューピーは、慌てて口を押えるのであった。