QP
GECRIをはじめとするブラックホール事業の最前線を担ったG-LABOは、アステロイドベルトへと移動した。とくにグラビサイエンスが新たに建設した「GECRI-2nd」は、最新鋭かつ大規模なブラックホール実験施設である。地球圏ではブラックホール実験は禁止なのだが、彼らは逆手に取ったようにブラックホール実験を加速させていた。
一方、かつてG-LABOのあった太陽を挟んだ地球の真裏にあるラグランジュポイントには、グラビサイエンスが新たな研究施設を建設していた。
「グラビサイエンス・量子幻影研究所(GraviScience Quantum Phantom Research Institute)通称:QP」ゴーストマターの研究施設である。エーテルシリウムにもあった大型粒子加速器を併設し、基礎研究を重視した施設だ。
今日も新人の科学者が大型粒子加速器で、J.ナカオカ博士が発見した「重力子」「幽子」「霊子」発見の再現実験を行っていた。
「どうだ?再現できたか?」
「あ、所長。それが・・・」
「うまくいかないのか?」
「とりあえず、重力子は発見できました。まさか何もない真空状態で粒子加速器を回すと重力子が発見できるなんて、思いもしませんでした」
「・・・だろうな。発想の転換というか。ナカオカ博士が『重力子がダークマターである可能性』を信じたからこその成果だな。まあ、重力子はダークマターではなかったわけだが」
「でも何もない真空なら地球上でだってできますよ。地球上の方が重力子は満ち溢れてるんじゃないんですか?何で地球上では見つからずに、ラグランジュポイントだと見つかるんですか?」
「重力子は物質を透過するからな」
重力(引力)は建物の1階でも屋上でも変わらない。物質は重力を遮断できないのである。もっとも近年は重力軽減素材が開発されたので、この前提も変わりつつあるのだが。
「地球上では粒子加速器内を重力子が上から下へと、常に通過しているから観測できないのさ」
「だったらラグランジュポイントだって、重力のバランスが取れているだけで、重力子は通過しているんじゃないんですか?」
「そこが重力子の不思議なところでな。重力子同士はお互いに干渉するようで、重力のバランスが取れた無重力状態では、重力子も留まっているんだよ」
「だから粒子加速器で見つかるんですね。でもゴーストマターはどうやれば見つかるんですか?そもそも幽子も霊子も、粒子加速器に入れることができないですよ?」
「そうか。君は『変人の伝説』を知らないのか?」
「何ですか?『変人の伝説』って」
「俺たちが学生の頃、ゴーストマター派がよく語っていたよ。ああ、今はもう『ゴーストマター派』すらないのか」
所長は新人科学者に「変人の伝説」を語った。
重力は全ての物質を透過する(引力として引き寄せる)。ラグランジュポイントは重力のバランスが取れているだけで、引力がかかっていないわけではない(重力はある)。 J.ナカオカ博士は「何の素粒子も存在していない空間でも重力子は存在している」と考えた。博士は何も入っていない状態で粒子加速器を最大限に回し、重力子を発見するという実験を行った。実験の成果は上々で、あとは再現性の問題だった。 ところがある日、疲れ果てた博士は実験中に失神してしまう。気が付いた博士の見た実験結果は、それまでとは明らかに「違うもの」が発見されていた。何度実験しても「違うもの」が再現できなかったが、博士は自分が失神したことと関係があると気づく。どうやら失神した際に「エクトプラズム」を僅かながら放出していたようだ。「エクトプラズム」とは霊魂の一部が体外に漏れる現象である。博士のエクトプラズムが粒子加速器内に紛れ込み、「違うもの」として発見されたのだ。これが「幽子」と「霊子」である。超加速された重力子はブラックホールのように時空の歪みを作り、結果としてダークマターとして見えないはずの「幽子」と「霊子」が可視化された。
「え?エクトプラズムですか?口から煙みたいなのが出るヤツ?まるでマンガじゃないですか。本当なんですか?」
「200年も前の話だぞ。本当かどうかなんて私も知らんよ。だから『伝説』なんだろ?」
「じゃあ、どうやって再現したんですか?ナカオカ博士は自由自在にエクトプラズムを放出できたんですか?」
「博士は『幽体離脱』したんだと。これは事実らしい。ナディヤ・カザンスカ博士がノーベル賞受賞時のインタビューで、J.ナカオカ博士とのエピソードをリクエストされてな。50年音沙汰なかったナカオカ博士から、久しぶりに来たメールが『幽体離脱のやり方を教えろ』だったらしいからな」
「実験のために幽体離脱できるようになるものなんですか?」
「だから『変人』なんだろうな。でもナカオカ博士の死因が、幽体を粒子加速器で回し過ぎたせいだって言う噂もあるんだ」
「・・・凄まじいですね」
「君もナカオカ博士を尊敬するのはいいが、真似はするなよ」
「真似したくても、できません」