Fox-Veil(6)
錬金術研究所のオープンテラスに近接するカフェは、佐藤洋子がプロデュースした女性スタッフに人気のスポットである。娯楽の少ない錬金術研究所であるために、オープンからクローズまで、何時に来ても来客は途絶えることが無い。遠目からコッソリ厨房の様子を窺うレイラの姿がある。レイラの目は厨房を忙しく動き回る佐藤洋子を追っていた。
「あれ~?HINAじゃねえか?こんなところで何してんだ?」
「ペタオ・ブラキオン・・・」
Petáo brachíōn(Πετάω βραχίων )はギリシア語で「飛ぶ腕」という意味を持つ、サイコキネシスを駆使する永遠の輝き団の団員である。カインの助手として各種実験の実験台を務めるため、ブラキオは錬金術研究所に常駐している。レイラがHINAとして永遠の輝き団に入団したての頃、「雛」という意味で「ヒヨコ」とバカにしていた古参の団員がブラキオだった。当時を思い出したのか、レイラの目に殺気が籠っていく。
「よ、よせ。ここで半殺しはマズいだろ?いくらオレでも人目っつーものがあるし、知り合いも多いんだよ・・・」
ブラキオは苦笑いを浮かべながら小さく両手を上げて「降参」のポーズだ。当時はブラキオが「ヒヨコ」と呼ぶたびに、レイラが超能力で半殺しにしていた。タフなブラキオは「ワハハ、また負けた。HINAは強ぇ~な!!」と笑い飛ばしていたのだが、レイラは未だにブラキオが苦手だった。ブラキオとしては10代前半で永遠の輝き団に入ったレイラを周囲に認めさせるための行動だったのだが、当の本人に嫌われているあたりはブラキオの不器用さ故か厳つい風貌のせいか。
「ゼー姐さんに用があんのか?ちょっくら行ってきてやるよ」
「あ、おい!ブラキオ!!待てっ!!」
レイラの制止も聞かずにズンズンと女性で混みあうカウンターへと突き進んでいくブラキオ。行動力があるのはブラキオのいいところなのだが、状況をわきまえないブラキオの無神経さがレイラは嫌いだった。
女性の行列に交じって律儀に並ぶ筋肉ダルマが、10分後にトレーを持って帰ってきた。トレーの上にはカフェオレと新作スィーツの数々が山になって乗っている。
「あと1時間もしたら休憩に入るってよ。それまでこれでも食って待ってな。うめぇぞ。じゃあ、オレは行くぜ」
手にしたトレーごとレイラに渡し、立ち去ろうとするブラキオ。
「あ、おい、これ・・・」
「いいから、オレの奢りだ。久しぶりにゼー姐さんとゆっくり話せ」
そう言ってブラキオは、背中越しに手を振りながら歩き出す。
「こんなに食べられないよ・・・」
レイラは甘いもの好き・・・ではなかった。