エクセル・バイオ(3)
「未来・・・ですか」
アビオラCUEOの言葉に、クローネル総帥はつまらなさそうに溜息を吐く。
「失礼ですが、CUEOはどのような未来が見たいのですか?」
「ふむ・・・総帥ともあろう人が、私の言葉を履き違えるとは」
「・・・と、言いますと?」
「私は自分のこの目で、未来が見たいのだよ」
意味がわからないとでも言うように、金髪の若者は小首を傾げた。
「クローンによる転生」
ニヤリと笑うように言葉を繋ぐCUEOとは対照的に、総帥は目を見開いた。
「ど・・・どうして、それを・・・」
「・・・調べさせてもらったよ。エクセル・バイオの創立時から、全部」
黙ったまま動かない金髪の若者を尻目に、白髪交じりの黒人は紅茶を一口飲む。
「エクセルシオン・バイオメディカル。今でこそ食糧危機や絶滅種救済など世界に貢献する優良企業だが、創立当時は誘拐や非合法な人身売買で人体実験してたんだってな。クローン研究のために」
「・・・脅迫ですか?」
「ハハハ。バカなことを言うな。もう200年も前の話だぞ。とっくに時効だ。それに・・・ここじゃあ地球の法は適用されないって、言っただろ?
CUEOは茶目っ気たっぷりにウィンクをする。
「ところが三つの新素粒子発見を境に、とんと黒い噂は出なくなった。・・・だから推測した。『三つの新素粒子の実用化』を待ってるんじゃないか、と。理由は簡単だ。『人間のクローンの合法化』を狙ってるんだろ?医療行為を頑なに拒否してるのも、まだクローンに対して人道的忌避感が強いからだ。・・・違うか?」
クローネルは深いため息を吐きながら、ソファーに体を預けた。
「・・・完敗ですね」
落ち着きを取り戻したクローネル総帥は、軽く紅茶に口を付ける。
「クローン体を造るだけなら、すでにいつでも出来ます。臓器移植や手足の復活ならばすぐにでも実用化できるでしょう。でも『転生』となると、簡単ではありません」
「そうなのか?」
「どうやって自分の意識をクローンに移すのですか?人間の意識は電子機器とは違うのですよ?」
「そ、そうか・・・」
壮年の黒人はあからさまに肩を落とす。CUEOの様子に総帥はようやく笑みを浮かべた。
「そう落胆することはありませんよ。我々はすでに糸口を見つけています。OSRCという研究団体をご存じですか?」
「いや?初耳だな」
総帥はOSRCの説明をした。「オカルトサイエンスリサーチセンター(Occult Science Research Center)通称:OSRC」はオカルトや超常現象を科学的手法で研究する団体である。通常の科学界から異端的な存在として扱われており、一部の研究者にしか認知されていない。心霊現象や超自然的な事件の調査を行い、原因やメカニズムを解明することを目指していた。彼らは科学的な手法を駆使して証拠を集め、現象の背後にある科学的な理由を追究している。
「OSRCは『幽子論(Spectron Theory)』という論文を発表しています。その中で『幽体離脱と憑依』について語っています。我々が目を付けたのは、そこにあるのです」
総帥曰く、幽体離脱でクローン体に憑依することで『転生』が人工的に出来ると考えているようだった。
「ISCOには、是非ともOSRCを加盟させるように動いてほしいのです。我々はまだ動くわけにはいかないので」
「なるほど・・・人権団体に目を付けられるわけにはいかない、というわけか」
「エクセル・バイオがここまで大きくなると、敵も多いのですよ。世論を敵に回すわけにはいきませんから」
200年前のこととはいえ、人道に反することをしていたとは知られたくないだろう。
「あわよくば宇宙発で『クローン法』を立法化してしまおうというわけだな?」
CUEOは口を歪めるような笑みを浮かべた。
「よかろう。ISCOは『人間のクローン』実現に向けて、全面的に協力すると約束しよう。早速で悪いが、研究プラントの設立計画書を作成してもらえるか?場所はここの近くがいいだろう。OSRCのことも、任せてくれ」
「ありがとうございます。CUEOが人の悪い人物でよかった」
「そうか?これでも善人で通ってるんだけどな。まあ、エクセル・バイオのISCO加盟を認めよう。これからよろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願いします。お互い、忙しくなりますね」
「人類の未来のためだ。そうだろ?」
「そうですね」
二人はがっちりと固い握手をした。




