エクセル・バイオ(2)
地球と月の間のラグランジュポイントは、地球に最も近いラグランジュポイントとして宇宙交通の要となっている。宇宙物流の大手セレス・ロジの物流拠点「セレスティア・ゲートウェイ (Celestia Gateway)通称:セレスGW」もISCOの本部「ISCOネクサスセンター(ISCO Nexus Center)通称:ネクサス」もここに位置していた。
ネクサスに出入りするシャトルは多い。ほとんどのシャトルは近くのセレスGWに向かうが、他の宇宙施設へ向かうシャトルも少なくなかった。しかし地球からの直行というのは滅多にない。ISCOが地球上の出来事に関与していないせいでもあるのだが。
地球から来た真新しいシャトルが、ネクサスに吸い込まれていった。シャトルにはエクセル・バイオのロゴが入っている。
「ようこそISCOへ。『クワメ・アビオラ』です」
職員に案内されて応接室に入ってきたスーツ姿の金髪の若者に、白髪交じりの髪と髭を生やした黒人の男性が握手を求めた。若者は一瞬だけ握手を躊躇する。
「最高統一責任者自らお出迎えとは・・・失礼しました。私はエクセルシオン・バイオメディカルの総帥を務めている『ヴィクトール・クローネル』です」
金髪長身の若者はアビオラCUEOの手を握った。
「シャトルは新調したのですか?」
「はい。恥ずかしながら、私共エクセル・バイオは宇宙に来たことが無かったものでして。今後頻繁に使用するでしょうから新しく購入しました。ここネクサスには重力があるんですね?」
「いや、古典的な遠心力ですよ。重子線で重力を発生させるのは、コスト的に難しいですから。営利団体ではないISCOとして、締めるところは締めませんと。さあ、どうぞ。おかけになって」
お互いが向かい合う形でテーブルを挟んでソファーに座る。他には誰もいないが、応接室の各所に備え付けられたカメラが二人を捉えていた。ありきたりの質問と回答を繰り返し、ISCO加盟に必要な手続きは進められていく。あらかた手続きが完了した辺りで、職員が紅茶を運んできた。職員が退室したのを確認して、アビオラCUEOが何かのスイッチを押す。
「さて、ここからはオフレコです。あなたの本音を聞かせてください。私がここにいるのは、そういう意味ですから」
「まあ・・・そういう意味なんでしょうね・・・」
クローネル総帥が応接室を見渡す。特に何かが仕掛けられている雰囲気も無い。二人きりの密室など不用心だと思わなくもないが、逃げ場のない宇宙では不審なことなど何もできないということか。
「単刀直入に聞きます。エクセル・バイオはISCOには何を求めていますか?」
「・・・と、言いますと?」
「ハハハ。とぼけなくともいい。アンタ方は、確かに宇宙での販路拡大には興味があるだろう。加盟理由も正当なものだ。我々の食糧事情からも、アンタ方の加盟は歓迎しかない。宇宙で肉など、パーティーぐらいでしか食えんからな」
足を組んでソファーにもたれかかったアビオラCUEOの口調が明らかに変わる。
「・・・だが、それだけなら『今』じゃないだろ?もっと宇宙に住む人が増えてからでも遅くはない。それに今のアンタのところは事業拡大の真っただ中だ。宇宙にまで手を出す余力はないはずだが?」
「・・・お見通しですか」
金髪で整った顔に緊張が走る。
「そう警戒しなくてもいい。ここは宇宙だ。ここでは地球の法は適用されんよ。動物愛護団体も人権団体もおらん。中世の『ロボトミー実験』だって、やろうと思えばできるんだぞ?」
「よく言いますよ。ISCOでは情報は共有されるのでしょう?」
「そっちの心配か。だから私がオフレコでここにいる。優遇するわけにはいかないが、目を瞑ることも黙らせることも私にはできる」
「・・・食えない人だ」
「綺麗ごとだけじゃ、大国の仲裁などできはせんよ。Win-Winっていうのは、そういうことだろ?」
「そういうISCOは・・・いや、あなたは何を望んでるんですか?」
「私は『未来』が見たい」