アンチマター
ISCOは着々と宇宙法の整備をする中、加盟団体の研究成果や論文を発表していった。中でもグラビサイエンスが提唱した「新エネルギー論」という論文の中の一文「ブラックホールエンジンのエネルギー源はアンチマターが最適である」は大きな反響を呼んだ。「アンチマター」とは反物質のことである。自然界ではまだ見つかっていないが、人工的に作り出すことは可能である。
反物質は物質とぶつかると対消滅により、多大なエネルギーを放出する。アインシュタインの有名な公式「質量とエネルギーの等価性・E=mc^2」によると、1 gの物質と1 gの反物質の対消滅によって得られるエネルギーは約 180 ギガジュール。現代に例えるならば、新幹線が6時間走行するエネルギーに等しい。
反物質と物質は対消滅してしまうのだが、ブラックホールエンジンならば逆に都合がいい。現状ではブラックホールの質量を減らす手段がなかったからだ。どんなエネルギー源を用いても、ブラックホールエンジンの中のブラックホールは肥大してしまう。将来のブラックホールエンジンの普及を考えれば、肥大しかしないブラックホールは危険なのだ。反物質をエネルギー源とするならば、ブラックホールの大きさをコントロールすることが容易になる。ブラックホールエンジンから見れば、反物質ほど相性のいいエネルギー源はない。
反物質を作るときは対消滅とは逆の工程をするのだ。つまり高エネルギーから反物質を抽出するのである。反物質は通常、粒子加速器や高エネルギー実験施設において生成される。例えば陽子と陽子を高エネルギーで衝突させることで反陽子や他の反物質が生成されるのだ。ただし量はとても少なく、コスト的にもエネルギー源としての役割は満たさない。
「安定したエネルギー源としてのアンチマターの生成方法、または新たな素材としてのアンチマターの発見」このテーマが科学者たちのモチベーションに火を点けた。特にブラックホール事業に携わってきた科学者たちにとって、ブラックホール事業が事実上凍結していることもあって大いなる刺激なったのだ。
とあるSFのように反物質星があると信じて外宇宙探索に同行する者や、熱核融合のプラズマから反物質を抽出できないかと試行錯誤する者も出てきた。
しかし大多数の科学者は、霊子からの反物質抽出に可能性を見出している。これは大多数の科学者がナディヤ・カザンスカ博士のファンであり、彼女の著書「霊子論(Spiriton Theory)」を読んで育ったことが大きいだろう。
霊子の研究には幽子の研究も必要となる。何故ならこれまでに見つかったダークマターの中で、唯一相互作用するダークマターが霊子と幽子だからである。霊子と幽子は切っても切れない関係なのだ。
ISCOの発表から科学者たちのトレンドが、重力子から霊子と幽子へと移り変わったのである。
小説のタイトルを変更しました。