西暦2399年7月
「1999年、7の月、空から恐怖の大王が降ってくるだろう。アンゴルモアの大王を蘇らせ、マルスの前後に首尾よく支配するために」
かの有名なノストラダムスの大予言の一節である。
西暦2399年7月。
国連本部は「実験中の人工ブラックホールが事故により地球に落下する」と公式に全世界へと緊急発表した。
瞬時に全世界がパニックに陥る。ブラックホール落下地点の予測報道が駆け巡り、数千万人にも及ぶ大規模な避難が開始された。飛行機だけでなく、船舶や自動車でも逃げようとし、事故や死傷者まで出る始末。中には文字通り「運を天に任す」と避難を拒否する者や、どさくさ紛れの犯罪に走る者も多数いて、落下地点の予測に入った都市でのパニックは治まることが無かった。
国連がブラックホール落下を発表した30時間後、ブラックホールはついに大気圏へ突入した。周囲の大気を圧縮し加熱させ吸い込み、雷のような爆発音や光の閃光を伴いながら落下するブラックホール。しかし時空の歪みを発生させるため、肉眼でもカメラでもはっきりと見ることはできない。
加速しながら斜めに落ちていくブラックホールは、オーストラリア大陸東側、シドニー付近の山のふもとに激突した。ブルー・マウンテンズ国立公園の西側に落ちたブラックホールは、直系1km余りのクレーターを作り大量の土砂を撒き上げ周辺に地震を引き起こす。しかし落下地点付近に大きな都市はなく、落下地点も国立公園であったことが幸いし、奇跡的にブラックホール落下による直接的な人的被害は軽微だった。
むしろ国連の公式発表からのパニックによる被害の方が大きかったとも言えよう。
「人類滅亡の危機」とまで誇張されたブラックホール落下ではあったが、予想よりも遥かに小さな被害で済んだ。しかし終わったわけではない。
クレーターの中心には、なおもブラックホールが消滅することなく居座っているのだ。時空を歪めるためにブラックホールを見ることはできないが、地面を吸い込みながらゆっくり地下へと沈んでいくのである。ブラックホールはやがて地球の中心までたどり着くだろう。
報道ではあらゆる分野の科学者が見解を述べていた。
「落下したブラックホールは200トンと質量が小さいため、周囲の大気や地球の物質に影響を与えずに地中に埋もれていく可能性がある。これを利用して、ブラックホールの性質や時空の歪みの研究が進展するかもしれない」とか「ブラックホール事業を地上でも利用し、未来のエネルギー源として活用する」などの楽観論。あるいは「ブラックホールの質量は小さいものの重力場は強力で、地球の自転や軌道に影響を及ぼす可能性がある。長期的には地球の生態系や気候に大きな変化が起こる可能性もある」とか「落下地点周辺の生態系や地下水に影響を及ぼす可能性があり、生態系の崩壊や飲料水の汚染が起こる可能性」といった悲観論まで、様々だった。世間は一喜一憂を交えながら、ブラックホール談議に花を咲かせていた。
数日後、ブラックホール事業関係者のトップが集まり会見を開いた。
「地球圏でのブラックホールエンジンの実験は禁止する」と。