事故(3)
宇宙には警察はいない。
正確に言えば、宇宙における国際法も明確には制定されてないために、紳士協定のような不文律を取り締まる組織が無いのだ。これまでは事故が起きると当事者である大国同士、あるいは企業同士の話し合いや賠償で事故は済ませていた。しかし今回は賠償能力のない企業が起こした、未だかつてない大きすぎる事故だということが問題だった。インノブ1stの上層部は責任を追及され、大国の宇宙ステーションや国連本部へと出頭している。「出頭」という言葉通り、責任を追及されるためである。
セレスティア・ロジスティックス・コーポレーション (Celestia Logistics Corporation:通称セレス・ロジ)は宇宙と地球を繋ぐ宇宙物流の大手企業だ。地球と月の間のラグランジュポイントに大型宇宙ステーション「セレスティア・ゲートウェイ (Celestia Gateway)通称:セレスGW」を設置している。地球と宇宙設備を繋ぐ、人とモノの巨大ハブステーションだ。
セレスGWには現在ブラックホール事業関係者とインノブ1stの主任やリーダーなどの責任者が緊急招集されている。ウォールカプセルを脱走したブラックホールの行方を捜すためだ。
事故の状況からブラックホールの進行方向はわかっている。しかし正確な速度がわかっていないため、ブラックホールの現在地が不明なままであった。
これはセレス・ロジにとって見過ごせない事態だ。万が一シャトルがブラックホールに接触でもしたら、確実に死傷者が発生する。安全なシャトルの運航のためには、最低でもブラックホールの位置だけでも把握しておきたいところだった。
セレス・ロジはシャトル運行用の航宙ビーコンを大量投入し、脱走したブラックホールの追跡を行った。直径0.12mしかないブラックホールを探すのは、砂漠の中に落ちたダイヤモンドを探すようなものかもしれない。大まかな位置は判明しても、確実に捕捉するのは困難を極める。スペースデブリなどが衝突すればX戦を放射するので補足できるだろうが。
セレス・ロジの迅速な対応により、ブラックホールの脱走事故から40時間でブラックホールの捕捉に成功した。追跡していた1機の航宙ビーコンがブラックホールに衝突したためである。航宙ビーコンは無人機なので、人的損害が無かったのは幸いだろう。
ブラックホールの位置が判明したところで進行方向も判明した。この事実はブラックホール事業関係者を驚愕させた。事故当初の予想よりもブラックホールの進行方向がかなりズレていたからである。
通常の隕石などの物体であれば、外部的要因がなければ進行方向が大きく変わることはない。しかしブラックホールは質量が小さくとも、小さくはない引力を持っている。地球の引力とブラックホールの引力。お互いが引きつけ合ってしまったのだ。
ブラックホールの進行方向は地球だった。
ブラックホールを止める手段を、人類は持っていない。