霊子コンピュータープロジェクト(2)
「お久しぶりです。所長」
スタッフに連れられて応接室に入ってきた一人の男性が、カインに挨拶をする。年の頃は20代半ばほど。丸眼鏡とぽっちゃり気味の体系のオタクっぽい男だ。カインはクローン転生にて30代の肉体を持つが、実年齢は100歳を優に越えている。カインを所長と呼ぶ人間は、この錬金術研究所内のスタッフならばたくさんいるのだが「久しぶり」と言うスタッフはいない。となるとカインがかつて「QP(グラビサイエンス・量子幻影研究所=GraviScience Quantum Phantom Research Institute)」の所長だった頃の知り合いか。ヴィクトールがクローン転生させてまで、霊子コンピューター研究に連れてくるほどの優秀な人物ということになるのだが・・・
「あ~!キミは『QPの申し子』君かい?」
「随分と懐かしいあだ名ですね。そう言えば所長はあだ名しか言わなくて、私の名前を一度も呼んでくれなかったですね」
キューピーが苦笑いした。「QPの申し子」とは、グラビサイエンスがQPを新設した時に配属された新人科学者に対し、カインが付けたあだ名である。彼は大学で光子研究を専門にしていたおかげで、光子と重力子の類似性から、カインに重力波が電磁波のような役割を果たすヒントを与えた人物でもある。
「いやあ、何十年ぶりだい?若くなっているところを見ると、キミもクローネルさんに半ば強制的にクローン転生させられたクチかな?」
「いやいや、クローネル総帥には感謝してもしきれません。老後寝たきりになってしまった私に、クローン転生で若い体を与えてくださったのですから。今は『キューピー・ナサニエル(Kewpie・Nathaniel)』を名乗らせてもらっています。名付け親はクローネル総帥ですが」
「そっかそっか。元気そうで何より。キミのように地味な作業を延々とできる科学者は貴重だからね。いやあ、いい人物を連れてきてくれた。助かるよ。キミには期待しかしていないからね」
カインは満面の笑みで、キューピーを出迎えた。
ヴィクトールが今回の霊子コンピューターの研究に連れてきた科学者は4人だ。ヴィクトールとユリはわかっている。男性2人のうち、1人は元QP所属の有能な科学者で、カインの後輩だったキューピーだと判明した。もう1人の男性は高身長で姿勢正しく背筋は伸びているものの、顔の皺と八割方白髪となった金髪から70歳ぐらいの老人である。ヴィクトールの紹介なのにクローン転生していない人物?全く心当たりがない。リリーにテレパシーで確認したのだが、まだヴィクトールに紹介してもらっていないらしい。ユリは知っているのだが、リリーにも内緒にしているようだ。
「クローネルさん、そちらの男性を紹介してもらえないかな?」
ヴィクトールは隣の姿勢正しい老人と目を合わせる。身長は老人の方がやや高いか。顔立ちはヴィクトールとそっくりだ。
「皆さん、こちらの男性は・・・」
紹介しようとしているヴィクトールを、老人は軽く手で制する。
「ヴィクトール、私に自己紹介させてくれないか?そろそろ声を出させてほしい」
ユリによると老人はアナンケに乗っている間、一言も喋らなかったらしい。小声でヴィクトールと少々話をしていたぐらいだ。
「諸君!」
張りのある声が応接室の空気を引き締める。老人は中にいる一人一人の顔を見て、しっかりと視線を合わせた。全員が老人に注目したのを確認してから再び声を出す。
「私の名は『ユルティム・クローネル』ヴィクトールの父だ」




