霊子コンピュータープロジェクト(1)
エクセル・バイオの最新鋭宇宙輸送艇「Ananke」が、アステロイドベルトにある錬金術研究所の宇宙港のメインデッキに接舷した。
「アナンケ」はギリシャ神話の運命、不変の必然性、宿命の女神の名で、木星を逆行軌道で公転する不規則衛星の第12衛星の名でもある。GBUシステムを中央と前後の3基搭載、全長は120m、全幅40m、全高30m、積載量は1500トンの中型輸送船だ。宇宙物流の大手「セレス・ロジ」の保持する宇宙輸送艦には500mを越えるものも多数あり、1000mを越える超大型輸送艦も建造中ではあるが、いずれも宇宙専用である。アナンケはエクセル・バイオの本社、つまり大気圏内の航行するために中型艦が採用されていた。
今回も南太平洋のエクセル・バイオ本社から、ユーラシア大陸の北端にある「極東高度研究所(Far East Advanced Research Institute)」を経由して、大気圏離脱の後に錬金術研究所までの航行だった。アナンケは霊子コンピューター製作用の機材と資材、人員として各種機材用オペレーターや技術者を地球から錬金術研究所まで運搬してきたのだ。霊子コンピュータープロジェクトを立ち上げるためのカインの要請に、ヴィクトールが応えたカタチとなる。カインが待望していた「もっと多くの頭脳」はヴィクトールから4人だと聞かされていた。
「どんな人が来てくれたんだろうね・・・」
カインが入港したアナンケを見つめながら、誰に問いかけるわけでもなく呟く。隣にいるリリーには聞こえたものの、あえて返事はせずに同じようにアナンケを見つめていた。
一人は容易にわかる。リリーの姉のユリが来ることは間違いないだろう。科学者としてのスペックはリリーとほぼ変わらないのだから。ユリ本人からもテレパシーで、ここに来ることは聞いていた。
もう一人も察することができる。ヴィクトールも参加するのであろう。エクセル・バイオの総帥としての業務を、元「妖精」の所長であったケイト・イーストウッドをクローン転生させてまで呼び戻したという話がリリーにも届いているからだ。エクセル・バイオの代表となったケイトの任期は10年と聞く。信じがたいことだがヴィクトールが霊子コンピューター開発に専念するということに他ならない。もっともヴィクトールの科学者としての実績は聞いたことがないのだが。
あとの二人はユリからのテレパシーによると男性らしい。らしいというのはユリが伝えてくれないからだ。以前のユリとリリーは、無意識にお互いが通じ合っていた。二人で共に居る時間が長く、滅多に別行動を取ることが無いために、少しでも離れるとお互いが心配になってしまうためだった。しかしリリーが錬金術研究所に出向してから二人の生活スタイルは全く変わってしまった。地球とアステロイドベルトという途方もない距離を離れて暮らすようになったことで、お互いの生活リズムを守るためにも意識しない時は繋がらなくなったのだ。カインの影響でリリーが24時間研究しっぱなしということもあり、自然とテレパシーのOFFが二人とも身についたようだ。お互いが独り立ちした証拠でもあるのだろう。ユリとリリーから報告を受けたヴィクトールは、穏やかな笑顔を見せたという。
《二人の男性はリリーが会ったことない人だよ》
「どんな人が来てくれたんでしょうね・・・」
気づけばリリーもカインと同じことを呟いていた。