事故(2)
インノブ1stの研究用疑似ブラックホールエンジン「イボルブ(Evolve)」で事故が起きた。中央にあるはずの質量200トンのブラックホールが、ウォールカプセルを突き破り宇宙へと解放されてしまったのだ。ブラックホール事業者たちが、最も懸念していた事態が発生したのである。
不幸中の幸いにして、インノブ1stの被害はウォールカプセルに穴が開いただけだった。「イボルブ」に併設された核融合炉も、インノブ1stの技術研究宇宙ステーション「IEラボ」も奇跡的に無事だった。仮にブラックホールがどちらかに触れていたら、IEラボは壊滅していただろう。果たして一人でも生き残れることが出来ただろうか。
事故の翌日、IEラボは静かだった。
事故の説明と今後の対策のために、役が付いている者は全て出払っているのである。行き先は様々で、インノブ1stの本社や大国の宇宙ステーション、国連本部まで事故の説明をしに行ったものもいる。
残されたのは若い技術者とオペレーター、あとはIEラボの制御スタッフだけだ。体調を崩して寝込んでいたリーダーも、説明しに行かなければならない状況だった。
「結局、事故の原因って何だったのかしら?」
「わかりきったこと聞くなよ!俺たちがミスをしたんだ!!」
「え?あなたたちは、ちゃんとレンズ交換したんでしょ?だったらレンズを入れ忘れたリーダーのせい・・・」
「黙れ!!リーダーは悪くない!!」
「落ち着きなよ、二人とも。ここで口論しても、何も変わらないよ」
「「・・・・・・」」
三人の間に沈黙が流れる。
「俺は・・・俺は何十回もリーダーにミスをカバーしてもらってんだ。その度にあの人は『人間は誰でもミスをする。完璧な人間なんていない』って笑ってくれてさ。誰よりも早く俺のミスを見つけてくれて、何にも無かったようにいつのまにかフォローしててさ。俺だけじゃねえんだ。誰のミスも、すぐに見つけてフォローしてるんだ。お前だって、そうだったろ?」
「そうだね。俺もミスを助けられたことがるよ。それで一回聞いたんだ。『何でそんなに他人のミスを見つけられるんですか?』って」
「・・・何でなの?責任感?」
「アハハ。違うよ。リーダーはこう言ってた。『俺は性格悪いんだ』って」
「え?何それ?」
「リーダーはね『俺は仲間を信用していない。自分ですら信じてない。いつも疑ってるんだ。だからすぐにミスを見つけられる』って笑いながら言うんだよ」
「それなのに、絶対にミスしたヤツを責めないんだよな。笑いながら『よくあることだ』って言って」
「・・・・・・」
再び三人の間に沈黙が流れた。
「俺たちは何やってんだろうね・・・リーダーに何度も助けられてたのに、リーダーのたった一回のミスをスルーしたなんて」
「俺なんかレンズが一枚余ったのに気が付いたのに・・・たった一言リーダーに確認すれば済んだ話なのに・・・」
「俺たちは何一つリーダーから学んでなかったんだ」
「だから、これは俺たちのミスだ。俺たちが防げたミスだ。体調を崩してたリーダーは悪くない」
「・・・そうだったのね。ごめんなさい」
「いいさ。『ミスは誰でもする』んだからな」
「だけど・・・」
今回の事故の情報がどこにもなかった。情報統制されたのだろう。何一つ、情報を目にすることが出来ない。
宇宙でどうすることも出来ない彼らの不安は募るばかりだった。