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帰参(4)

「私は妻のプロポーズを断るため、クローネルの名を伏せながら正直に全てを話しました。スミスのトップに立つのが目的であること。しかしスミスの慣習を打ち破った上でトップにならなければ意味が無いこと。故にプロポーズを断るつもりだと」

 クワメ・アビオラは清濁併せ持つものの、人心を弄ぶことをしない誠実な一面もあった。実にアビィらしい。

「妻には『失望した』と言われました」

 当然だろう。仮にも「姫」と呼ばれる女性のプロポーズを断ったのだから。勇気を振り絞った彼女のプライドは、ズタズタに引き裂かれたことだろう。

 しかしアビィの語るスミスの姫は、プロポーズを断ったことに失望したわけではなかった。

「スミスのトップが目的?あなたがそんな陳腐な人間だとは思いませんでした。スミスのトップに立ち、スミスをどう導くのか。あなたには何か大きな目標があり、そのための手段としてスミスのトップの座が必要なのだと思っていました。あなたには未来へのヴィジョンはないのですか?」

 アビィの妻となったスミスの姫の言葉だ。

「プロポーズを断ったのは私ですが、フラれたのは私の方でした」

 アビィは飲みかけの紅茶に目を落としながら、自嘲気味に笑う。

「妻に言われて気づきました。私は『あなたに認められたい』『あなたの横に立ちたい』『あなたの前を進みたい』しか無かった。私の人生は全て『あなた』つまり『ヴィクトール・クローネル』しかなかったのです。私自身が『何をしたいか』『どうあるべきか』考えたことも無かった」

 アビィの目が真っ直ぐにヴィクトールを捉える。

「あなたには誰も見たことが無いような、大きなヴィジョンを抱えているのがわかる。私には何も無かった。それでどうやってあなたの横に並び立とうと言うのか?あなたの横に立ちたいのなら、あなたにも負けない大きなヴィジョンを掲げるべきだと気づきました」

「・・・見つけたのですね?」

「はい。まだ妻にしか話していませんが。私は自分のヴィジョンをプロポーズの言葉として、妻に結婚を申し込んだのです」

 晴れ晴れとした笑顔で、アビィは語る。

 これは敵わない。ヴィクトールには誰かを後ろから支えるという殊勝なことは出来そうにもない。まだまだ未熟なアビィに必要なのは、引き上げる存在ではなく支える人間なのだろう。

「私は自分の意思でスミスの人間になりました。私の今の目標は、あなたの描く未来を越える未来の礎を築くことです。私はあなたのライバルとして横に並び立ち、そしてあなたの前を進みたい」

 力強いアビィの言葉だ。今のヴィクトールに「好敵手」と呼べる存在はいない。超大国はエクセル・バイオに敵愾心をむき出しにしているが、ヴィクトール個人のライバルにはなり得ない存在だ。超大国は付け焼刃過ぎる。

 ヴィクトールは嬉しさが込み上げてきた。

「受けて立ちましょう」



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