霊子コンピューター(3)
「いや、あくまでも構想段階で、これから設計を構築していかなきゃいけないんだけど・・・」
いつもは理路整然とし、わかりやすい説明をするカインが、何ともハッキリしない。恐らく本当に思いつきだけで、まだ思考実験すらしていないのだろう。リリーは冷静にカインの発想を読み取ろうとする。
「霊子を量子化して、量子コンピューターの設計を取り入れようとしてるんじゃないんですか?」
古典型コンピューターを超えようとするなら、当然量子コンピューターを組み合わせた「HyQC」に行き着くのは道理だ。問題はダークマター的存在の霊子を、どうやって量子化した上で量子ビットを形成し制御するのか、である。
一般的には量子ビットを実現するために、いくつかの物理システムを利用する。冷却された超伝導回路を利用して量子ビットを形成する方法や、磁場や電場を利用してイオンをトラップし、量子ビットを実現する方法。また、光子を利用して量子ビットを表現する方法や、半導体ナノ構造を利用して量子ビットを形成する方法などがある。
霊子という物理法則に従わないダークマター的存在を、いったいどうやって物理システムで量子ビットにしようと言うのか。
「鋭いねぇ、リリー君は。確かにボクも量子コンピューターの設計は取り入れるつもりだよ」
穏やかな笑顔でリリーを褒めるカイン。リリーは思わず嬉しくなり喜びそうになるところを、グッと堪えた。
「カイン先生の笑顔には騙されませんよ。ちゃんと説明してください。つまり霊子を量子ビットにする方法を思いついたんですよね?」
「ハハハ、無理を言っちゃあいけないよ、リリー君。霊子を量子ビットになんか、できるわけないじゃないか」
「・・・はあ???」
何を言ってるんだ、この人は・・・量子コンピューターを構成するには量子ビットが必要なのは当たり前じゃないか・・・矛盾し過ぎだろ!!天才だからってふざけんなよ!!
リリーの心の毒が口を突きそうになる。
「リリー君は、まだまだ常識に囚われ過ぎだね」
優しい口調のカインの言葉に、リリーは毒気を抜かれた。
「そもそも霊子を量子化させる必要は無いんだよ。だって霊子は最初から『量子もつれ』と『量子重ね合わせ』を越えるポテンシャルを持ってるんだから」
「・・・・・・え?」
量子もつれとは2つ以上の量子ビットが強く関連付けられる現象であり、1つの量子ビットの状態が変わると、他のもつれた量子ビットの状態も即座に変化をする。これは遠く離れた量子ビット間での情報の瞬間的な伝達が可能となる現象だ。並列処理に於いて古典型コンピューターを遥かに凌ぐ高速な解決能力を有することになる。
古典型コンピューターのビットが0と1のどちらかの状態にしかならないのに対し、量子重ね合わせとは0と1の両方の状態を同時に取ることができる。複数の状態が同時に存在することができるため、量子計算では並列処理が可能となる現象だ。
量子コンピューターの利点とは量子ビットの量子もつれと量子重ね合わせにより、古典型コンピューターの苦手とする膨大な情報の並列処理に於いて絶対的な強みを持つのだ。
「いいかい?霊子は時間も距離も無視するんだよ。量子もつれなんかなくても情報の瞬間的な伝達が可能じゃないか。しかも霊子は次元を超えるんだよ?量子重ね合わせの0と1の両方の状態どころか、0~10とか、もっと多くの状態を取ることができる可能性を秘めているんだよ?」
どちらの現象も今回の瞬間移動の検証により判明したことだ。「さっき思いついた」とは、そういうことか。瞬間移動の現象から霊子コンピューターのポテンシャルの可能性を見出す柔軟な発想。リリーは改めてカインの柔軟な発想に感服していた。
「とはいえ、あくまでも思い付きに過ぎないよ。これをカタチにするには、ボクだけじゃ足りない。ボクとリリー君でも足りない。もっと多くの頭脳が必要だ」
「・・・はい」
リリーにはもうカインを肯定することしかできない。
「と、いうことで、クローネルさんに頑張ってもらおう」