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事故(1)

 インノブ1stの研究用疑似ブラックホールエンジン「イボルブ(Evolve)」のシャットダウンメンテナンスの翌日、テスト運転を控えた技術者たちに研究主任が今後の予定を説明する。

 「本日より実験再開となる。『イボルブ』の実験も終盤だ。出力を上げて、回数も実機に近い形で増やしていくぞ」

 これまでの耐久実験は機器に負担をかけすぎないように、出力も回数も控え目だったのだが。さすがにいきなり過ぎないか?疑問に思った技術者の女性が質問する。

 「シャットダウンメンテナンスをしたばかりですよ。テスト運転はしないのですか?」

 「テスト?だからテスト運転を兼ねての実験だ」

 以前の実験より出力を上げるのに「テスト運転を兼ねた実験」と言われても、技術者たちは主任の言葉が理解できない。

 「テストに費やすコストだってバカにならないんだ。一石二鳥だろう?」

技術者たちは困惑の色を隠せない。

 「SDMシャットダウンメンテナンスのことが気になるのか?大丈夫だ。今までだって、一つもミスは無かっただろ?君たちのことは信頼している。今回だって問題なしだ」

 「い、いや、しかし・・・」

 「君たちの仕事っぷりは昨日確認した。内壁塗装だって、完璧じゃないか。初めのころから比べれば、雲泥の差だよ」


 女性技術者と主任とのやり取りを、昨日レンズ交換をした若い技術者二人が後方で見ていた。

 「何か、主任のヤツ、やけに機嫌がいいな。気持ち悪いくらいだ。けっ!!」

 「どうも主任には栄転の話が来てるみたいだね。この実験が成功したら、地球の本社に戻れるんだって」

 「お前、いつの間にそんな情報を手に入れたんだ?」

 「いやあ、昨夜、ちょっとね」

 彼の視線の先には若い女性スタッフがいた。彼と目が合った途端に顔を赤らめる。

 「ちっ!色男め!爆発しろ!!」

 「まあまあ。それよりも、これは悪い話じゃないかもしれないよ」

 「何でだ?アイツが栄転なんて反吐が出る!けっ!!」

 「まあまあ。主任がIEラボから、いなくなるんだ。空いたポストにはリーダーが昇進するって噂だよ」

 「マジか。それならここも居心地よくなるな。・・・って、リーダーの姿が見えないな?」

 「どうも体調を崩して寝込んでるらしい」

 「マジか!?あの人働きすぎだっつーの!少しは休めって・・・あ、休んでるのか。ってゆうか、お前、いつの間にそんな情報を手に入れたんだ?また、あの女か?」

 「ああ、それは別の子」

 「この色男め。頼むからこの狭いラボで修羅場やらかすなよ?」

 「そんなヘマはしないよ」

 二人が話をしている間にも実験の準備が進められていく。


 「よし!10,000GD/sから行くぞ!『オッドボール』と同じだからな!心配はいらんぞ!内壁到達はざっくり0.14だからな!」

 主任の怒鳴るような指示が飛んだ。かなり気合が入っているようだ。

 「エネルギー充填、異常なし!」

 「ブラックホールの状態、異常なし!」

 「各種センサー、異常なし!」

 オペレーターたちの声が響く。

 「よし!カウントダウン!!」

 「始めます。10秒前・・・・・・5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・照射!!」

 即座に悲鳴のような声が上がった。

 「ダメです!!『yマイナス』集束しきれてません!!」

 「「「緊急停止っ!!」」」

 悲鳴にも似た指示が叫びとなる。


 「イボルブ」のウォールカプセルを、ブラックホールが突き抜けた。



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