瞬間移動実験(1)
「お待たせしました、ヨウコさん」
洋子を残して出ていったリリーとカインが研究室に戻ってきたのは8時間を過ぎた頃だった。
「あ、もうこんな時間なんだ。どおりでお腹が空いたな~と思ってたんだ~。ブラキィとのおしゃべりが楽しくって忘れてたよ、アハハハ」
「・・・『ブラキィ』ですって?」
じろりとリリーがブラキオを睨む。
《アンタ、人が死に物狂いで解析ホールの調整をしていた間に、何でヨウコさんと親しくおしゃべりなんてしてんのよ!!アンタ、助手でしょ!?こっちを手伝いなさいよ!!》
《いやいや、お嬢と先生が姐さんをいきなり置いて行っちまったんじゃないですか!お客人をほったらかしとか、有り得ないでしょ!?》
《ヨウコさんは誰とでも楽しくおしゃべりできる人なの!!テレビとでもおしゃべりできる人なの!!》
《・・・地味にひでぇ~》
《アンタが手伝ってくれないから、こんなに時間かかっちゃったのよ!!仕事しなさいよ!!》
「まあまあ、リリーもお腹空いたから、怒りんぼさんなんだよね?何か美味しいもの食べようよ」
リリーとブラキオのテレパシーでの会話中に、佐藤洋子が当たり前のように割り込んできた。リリーとユリが佐藤洋子に教えたテレパシーだが、すでに二人を凌駕しているようだ。これも佐藤洋子の別人格のゼーが、超能力者としての能力を上げているからなのだろうか。
「ねえねえリリー、何か美味しいもの食べさせてよ。ここの名物料理とかないの?」
「あー・・・」
洋子の要請にリリーは口籠る。
「すみません、ヨウコさん。ここでの食事は楽しめるようなものじゃないんです。味気なかったでしょ?」
錬金術研究所はアステロイドベルトにある。物資を搬入する宇宙輸送船は、コスト上それほど頻繁に往復しているわけではない。よって食事は基本的に自給自足。植物プラントで育てられた栄養価の高い「ニュートリレタス」や「プロテインピース」など宇宙栽培専用のスーパーベジタブルを、完全栄養食バーとしてクッキーのように固めたモノが主流である。地球上での食事のように充実しているわけではない。
「そんなことないよー。野菜ビスケットみたいで美味しかったよ。あれなら毎日でもイケるよね」
洋子の発言にリリーは少し驚いた。佐藤洋子は自称グルメで美味しいものを追及するタイプだ。てっきりただの宇宙用栄養食に不満を漏らすものだとばかり思っていたのだ。なのに不満どころか「美味しかった」と満面の笑みで喜んでいる。どんなことでも楽しめる大らかな性格の洋子を、リリーは尊敬に近いまなざしで見つめるのだった。
《洋子はジャンクフードが一番好きなんだぜ。だからすぐ太る》
ゼーからこそっとテレパシーが入るが、リリーは華麗にスルーした。
食事を済ませたリリー、ブラキオ、佐藤洋子の三人は、カインの待つ解析ホールにやってきていた。錬金術研究所の誇る研究解析ホール。高さ20m縦横30mの眩い光に包まれた、倉庫のような大きなホールだ。体高18mの3S(Schwerkraft Seele Steuerung=重力を操る、魂を宿した機体)が数体並んで解析することが可能だ。中央にはガラスでできた箱のようなものが置いてある。箱とは言っても高さ3mで10m四方はあるので、部屋と言うほうが正しいかもしれない。
「ほぇ~、全面ガラス張りだ~。何か、えっちぃね」
「えっちぃかい?やっぱりヨウコ君は、独特な感性の持ち主だね」
佐藤洋子を出迎えた笑顔のカインは、そのままガラスの箱へと洋子を導く。
「ヨウコ君はこの中で瞬間移動を行ってほしい」