訪問者
錬金術研究所の研究室。研究に煮詰まってしまったカインもリリーも言葉を発することなく、研究室には重苦しい空気が漂っている。助手として動いているブラキオとしては、逃げ出したい空気だ。
「やっほ」
研究室の扉から中を覗き込む女性が、空気を読まない気軽な声を掛ける。
「ヨ、ヨウコさん!?」
素っ頓狂な声を上げたのはリリーだ。現れたのは佐藤洋子。
「えへへ。来ちゃった」
「ホ、ホントにヨウコさんなんですか!?すご~い!!ヨウコさんはここに来るの、初めてですよね!?どうやって?」
「そりゃあ、憑依転生だよ。ここは宇宙船でも遠すぎるよ」
何を至極当然のことを言ってるんだという表情の佐藤洋子だが、リリーの「どうやって?」というのは意味が違う。
錬金術研究所は火星軌道の外側のアステロイドベルトの一角にある。遠距離移動のための憑依転生は、組織として準備する必要があるのだ。憑依転生可能なコールドスリープ状態のクローンを移動先に用意しておき、あらかじめスタッフを配置して解凍しておかなければならない。憑依転生後の残された肉体も適切な処置をしなければ死んでしまうこともある。つまり佐藤洋子の独断でここ錬金術研究所に来ることは不可能なのだ。リリーの言葉は「どうやってエクセル・バイオを動かしたのか?」という意味なのだ。言葉を額面通りに受け止めてしまう佐藤洋子は、リリーの真意を掴むことはできなかったようだが。
「洋子君は誰かに言われて、ここに来たのかい?」
カインも研究の手を止めて、佐藤洋子と話を始める。カインはリリーの真意を噛み砕いて助け舟を出したカタチだ。
「え?そりゃあヴィクトール総帥に言われたに決まってるじゃない。勝手には来れないよ。ハハハ」
ヴィクトール・クローネルという女性は、基本的に無意味なことはしない。佐藤洋子が錬金術研究所に来るということは、何かしら錬金術研究所に有益な情報を佐藤洋子が持ってきたということになるのだが・・・リリーにもカインにも皆目見当がつかない。
「ヨウコさん、ひょっとして、何か変わったことがありました?」
「えへへ。実はね、こんなことが出来るようになったんだよ。ほら」
研究所の扉にいた佐藤洋子は、消えたと思った次の瞬間には部屋の中に入っていた。リリーもカインも絶句して声も出せない。佐藤洋子が見せたのは超能力の最高峰とも言えるPK能力「瞬間移動(Teleportation=テレポーテーション)」なのだから。
「驚いた?驚いた???」
してやったりと嬉しそうな佐藤洋子が飛び跳ねてはしゃぐ。
「ヴィクトール総帥が『リリーに見せてきなさい』っていろいろ手配してくれたんだ~。リリーにも会いたかったから、急いで来ちゃった。えへ」
「ど、どうして・・・ヨウコさんが・・・?」
「ゼーがね、ヘイゼルさんと特訓?したんだって。ゼーがボヤいてたよ・・・『死にそう』だったんだって。そんなに苦労したのに、ゼーができるようになったら、私にも出来ちゃった。えへ」
ゼーは佐藤洋子の二重人格であり、同一の肉体でもある。ゼーが獲得したスキルは佐藤洋子が出来ても不思議ではないのだが、普通の女性でしかない佐藤洋子があっけらかんと瞬間移動したことはリリーにもカインにも頭の理解が追いつかない。
暫し呆然としていた二人だが、カインがいち早くヴィクトールの意図を察する。
「リリー君、PK( Psychokinesis)実験の準備だ。今度こそPK能力を科学的に数式化するよ!!」
「は、はい!!ヨウコさんは少し待っててください!!」
バタバタと研究室を出ていく二人を、佐藤洋子はほけーっと見送る。
「・・・忙しそうだね。お邪魔しちゃったのかな?」
面識のないブラキオに、佐藤洋子は気軽に声を掛ける。ブラキオは目を丸くしながら佐藤洋子を見つめた。瞬間移動はブラキオにも出来はしない高等スキルだ。それを子供が新しい遊びを覚えたかのように無邪気に披露する佐藤洋子に、ブラキオは戦慄にも似た衝撃を覚えたのだ。
「アンタ・・・大物だな・・・」