月の裏(3)
「よぉーし、このままGフィールドとGトラクション補正を維持しつつ、『一五:○○』にGシールド試験を実施する。必要人員を残し交代で休憩し、集合時間までに各自の担当箇所の点検を怠るなよ!!」
反霊子変換装置担当の捜査員が休憩を利用し、反霊子変換装置の元へと急ぐ。彼には一抹の不安があった。
独善国家の製品が「安かろう悪かろう」と言われていたのには理由がある。中間業者がマージンを稼ぐために、各部品を最低品質のものにすり替えるからだ。特に安全に関わる部品は、正常時には作動しないために中抜きされやすい。負荷がかかる部材も安全上大きめなものが採用されているにも拘らず、納品時には最低ラインになっているものも少なくなかった。国家の威信を賭けたプロジェクトでも、絶対にないとは言い切れない。むしろ大金が動くプロジェクトだからこそ、自己利益に走るものが紛れていても不思議ではなかった。
キーラーCity地下中央のGBUシステムの隣に、霊子バッテリーと反霊子変換装置が設置されている。霊子バッテリーは10トン、反霊子として反物質化し通常物質との対消滅のエネルギーは1.8×10^21ジュールにもなる。10テラワットの核融合発電所の約2000日稼働分に匹敵するのだ。
「やはり・・・」
反霊子変換装置の安全装置を確認すると、設計よりも僅かに細い配線が使われていた。しかも元々のコスト削減のため、安全装置はブロックごとに作用するのではなく反霊子変換装置全体を停止させるものだ。つまり安全装置が作動するとGBUシステムが停止することとなる。実際に反霊子変換装置の数値は上限に差し掛かっていた。仮に危険数域に達していたら、GBUシステムがストップし、実験は失敗に終わっていただろう。
センサーの動きも怪しいものだ。あまりにもブレが大きすぎる。これも性能の低いものが取り付けられているのかもしれない。危険数域でなくても、ブレの上限が引っかかる恐れがある。
これが他国の製品であるならば輸入基準は厳格で、包装に傷があるだけでも返品交換だ。試験表は厳しく審査し、万が一の故障があればとんでもない賠償金を請求することとなっている。故に信頼性は高かった。しかし国産であるがゆえに基準は甘くなった。至る所でカネとコネが横行し、不正を咎める者こそ不正の温床だったりする。操作員は安全装置をOFFにした。信頼できない装置ならば、無い方がマシだった。何より自分の担当個所のせいで、実験が失敗するわけにはいかないのだ。
捜査員は自分の担当ではない霊子バッテリーとGBUシステムを見つめる。全てが国産。つまり全ての機器に、不正が紛れ込んでいるかもしれない。
「・・・やめよう」
操作員は考えることを放棄した。GフィールドとGトラクション補正は成功しているのだ。Gシールドも成功するだろう。各担当が異常に気付かないのであれば、異常はないのだ。
自分に言い聞かせるようにコントロールタワーへ戻る。
月標準時間15:00
キーラーCityは反物質による対消滅の眩い光に包まれた。1.8×10^21ジュールの対消滅エネルギーとは、ヒロシマ型原爆が約 6.3×10^13ジュールなので、実に約3,000万倍の破壊力となる。キーラーCityのあった直径15㎞深さ3㎞のクレーターが跡形もなく吹き飛び、真円に近い形状の直径160㎞のキーラークレーターは北東部がいびつに抉られ、新たな巨大内部クレーターを形成するほどだ。
キーラークレーター中央部のキーラー基地も壊滅的被害を被った。1.8×10^21ジュールはマグニチュード11にも及ぶ激しい月震と地割れを引き起こし、大小さまざまな核融合発電所、原子力発電所は悉く倒壊爆発炎上してしまう。
「Sin Cataclysm(月神の大災害)」と後に呼ばれる月面史上最大最悪の事故が起きてしまった。