定例会議(1)
月の表側の巨大クレーター「コペルニクスクレータ」付近には、超大国最大の月面基地「コペルニクス基地」が存在している。基地内のNSSDA(国家安全宇宙開発局)の大規模研究施設が併設されいるため、3Gの開発が始まってからはNSSDAの局長と軍の元帥である国防長官が常駐するようになっていた。コペルニクス基地の司令室では国防長官とNSSDA局長が、大統領府「トリニティ・パレス」との霊子通信による定例会議を始めるところだった。大統領府からは副大統領と諜報部長官が参加する。大統領は最近健康が優れないようで不在だ。
「3Gの開発進捗から報告します。現在3G『レイヴェンジャー』は300機ほど配備が完了しています。後継機『コルヴァクス』の開発も順調で、来年中にも試作編隊がコペルニクス基地に試験配備できる予定です」
レイヴェンジャーの後継機「Corvuxs」はラテン語でカラスを意味するCorvusを基にした造語である。コルヴァクスは単機運用ではなく、設計から3~12機での編隊運用に特化した3Gだ。正式名称は「Corvuxs Tactical Unit(コルヴァクス戦術ユニット)」といい、普段は「CTU」というコードネームで呼ばれていた。
「外注の方はどうなっている?」
「アストラル・テクノロジーズとライセンス契約をしており、Aテックオリジナルの3G『ホークメン』が量産体制に入ったと聞いています」
アストラル・テクノロジーズ (Astral Technologies Corporation)は通称Aテックと呼ばれている軍需産業最大の国際企業である。ISCO(International Space Cooperation Organization=国際宇宙協力機構)設立前から宇宙開発の一角を担っており、ISCO評議会の理事も務めるほど宇宙開発への影響力は大きい。
「そうか。Aテックをこちら側に引き入れたのは大きいな。ISCO内部における企業側の結束は厄介であった。これで我が国の発言力も大きくなるだろう」
副大統領がほくそ笑む。補足するように諜報部長官が続いた。
「ISCO内の企業も一枚岩ではなくなっているようです。クワメ・アビオラという支柱を失ったことと、やはり女狐が脱退したことが大きいようです」
女狐とはエクセル・バイオの総帥である「ヴィクトール・クローネル」のことだ。会議録を残す公式会議でありながら「女狐」という蔑称を使うあたり、超大国首脳陣のヴィクトールに対する恨みは治まることを知らない。
「女狐の動きもおとなしいですね。何度か宇宙へシャトルが行き来したようですが、回数も少なく目立った動きは見られません。エクセル・バイオ本体の資金動向も静かなものです」
「・・・気味が悪いですね」
呟いたのはNSSDAの局長だ。彼は研究中の「3G」も「G-City」も元がエクセル・バイオの案だということを知っている。エクセル・バイオが何もしないというのはあり得ないのだが。
「太陽系だけでも宇宙は広いですから。どこかで何かをやっていても、私は驚きません。彼奴等を気にしていても、何も始まりませんよ。我らは我らのするべきことを粛々と進めるだけです」
軍人らしい堂々とした態度の国防長官の言葉に、少なからぬ懸念も落ち着くこととなった。