3S(3)
「さて、と」
急に真顔になったリリーが、ブラキオの顔を覗き込む。
「ななな、何だよ。お嬢・・・」
「姐さん呼びから『お嬢』になったのね。・・・いいわ、許してあげる」
「へへへ、だったら、人の顔を睨みつけるのをやめてもらえねえかな・・・」
困り顔のブラキオが両手を上げて降参のポーズだ。
「そうやって、アンタがはぐらかしてばかりいるからでしょ。さっさと吐きなさい。アレアの何が気に入らなかったの?」
「い、いや、気に入らねえってわけじゃ・・・」
「アンタが意味もなくサイコキネシスを使うときは、言いにくいことをどう言おうか悩んでるときでしょ!!いいからハッキリ言いなさい」
「お嬢、ひょっとして読心のESPでも使えるのか?」
「アンタの表情と行動がわかりすぎるだけよ!!誤魔化すなんて時間の無駄なんだから、本当のことを言いなさい」
160cmにも満たない細身で小柄なリリーの圧に、180㎝を越え縦にも横にもデカい筋肉ダルマが怯んでしまう。
「下手に気を使われても嬉しくないの。アンタ科学者を舐めてんの?アンタはテストダイバーなんだから、真実を言いなさい」
「う・・・」
「返事は!!」
「・・・はい!!」
勢いよく気を付けをし、背筋から指先までピンと伸ばしながら返事をするブラキオ。
「よろしい。解析室へ行くわよ」
「・・・へい」
背筋を伸ばして大股で歩く小柄なリリーの後を、背中を丸め、肩をすぼめたブラキオがすごすごとついていく。ニコニコと傍観者に徹していたカインが、二人の後ろをのんびりと歩いていた。
周囲の作業員やスタッフたちは、この錬金術研究所で誰が一番強いのかを知っている。腕力でも役職でもなく、逆らってはいけない人物が誰なのかを。
《先生・・・何とか言ってやってくださいよ・・・先生の方が立場も年齢も上でしょうが・・・》
解析室の椅子に座ったブラキオが、隣のカインにテレパシーで囁く。
《ブラキオ君は、ボクに『死ね』と言ってるのかな?》
《そんな大げさな・・・》
カインがデスクに肘をつき、フッと遠い目をする。
《ブラキオ君が来るまでは、ボクが今の君の役だったんだよ・・・科学者の血が騒いで、ついつい暴走することがあってね・・・何度、心が殺されたことか・・・思い出したくないな~》
カインの表情にゴクリと生唾を呑むブラキオだが、不意に背後からの殺気を感じ取る。
「二人とも何をこそこそ喋っているんですか?」
カインとブラキオの後ろで、笑顔のリリーが立っていた。天使のような笑顔なのだが、こめかみの辺りがヒクヒクいっている。いわゆる「怒筋」というやつだ。
「ごめんよ、リリー君。ブラキオ君に話しかけられたので、ついつい応じてしまったんだ。本当にごめんよ」
カインは叱られた子供のようにシュンとなっている。カインの経験上、素直に謝った方が少ない被害で済むことを知っていた。逆にブラキオはどう言い訳しようかとあわあわしながら狼狽えている。
「ブラキオ~・・・君は『反省』という言葉を知っているのかな?」
笑顔のリリーの怒筋が二つ三つに増えていく。永遠の輝き団の団長であるヘイゼル・ブランカからも感じたことのないプレッシャーだ。ブラキオの血の気がさ~っと引いて行った。
「・・・お嬢は『テレパシー傍受』の他にも、『威圧』とか『絶対服従』とかのESPスキルを持ってますよね?」
そんなESPスキルは学術上、存在すら確認されていない。
「ブラキオっ!!!!」
怒りのリリーに説教されているブラキオに、カインは心の中で「がんばれ~」と励ますのであった。