リオネル・クローネル(20)
リオネルは禁固20年という罰を受けることとなった。内臓移植により寿命が延びたことは不幸中の幸いと言えるだろう。移植前であれば禁固中に間違いなく寿命が尽きていたのだから。ユルティムの懸念は、リオネルが生涯の生業としていたクローン研究が出来なくなることにある。コールドスリープを繰り返したことにより、戸籍上のリオネルの年齢は170歳近くになっていた。服役中の労務は免除されるものの、差し入れられる書物は全て検閲される。当然クローンに関する資料はリオネルに届けることが出来ない。リオネルが出所するまで、リオネルの気力が持つかということだ。内臓が若いだけに脳の衰えが心配になる。IQ300を超えるリオネルの頭脳が、そう簡単に衰えるとは思えない。しかし人間というのは情熱を取り上げられると、途端に気力を失うのも道理だった。
執行猶予付きで釈放された各世代のクローンたちも、今後人間のクローン研究をすることは許されない。ユルティムは一人でリオネルのクローン研究を引き継ぐこととなった。
究極のクローンとして作られたユルティムだが、本当に究極なのだろうか?クローンの質というものは徐核卵を生み出すレシピエントの質にも左右される。ではもしもレシピエントもオリジナルのクローンだったなら?つまりリオネルのクローンを母体にできるとしたら?それこそが究極のクローンではないだろうか。
ユルティムの発想には無理がある。元々能力を極限まで引き出すためにスポイルされたのが生殖能力だったのだ。性転換した上で生殖能力を戻すとなると、リオネルのクローンでありながらリオネルの頭脳はかなり低減されてしまうのではないだろうか。ユルティムは科学者ではない。DNAや遺伝子に関しては素人同然だった。しかし各世代のクローンたちに頼るわけにはいかない。ユルティムは独学で人間のクローン研究を始めることとなる。エクセル・バイオの方は各世代のクローンたちに任せるとして。
ユルティムはリオネルと頻繁に面会をしていた。看守を買収することで、リオネルとクローン談義ができるようになった。記録は残せないが記憶することで、ユルティムのクローン研究は急速に知識を増やしていく。
リオネルもまたユルティムの挑戦に心を熱くした。不可能を可能とするのが科学者の本懐だ。リオネルのクローンの女性化というのは、リオネルにとっても新鮮な挑戦だった。リオネルは人間のクローンに関することの全てを禁止されている。しかし「人間」を「動物」に変えれば誤魔化しは聞く。表面上は「優秀な牡牛からクローンで乳牛を作る」という研究とした。これならばエクセル・バイオも関わることが出来る。書面に残すことがリオネルは禁止されているため、ひたすら思考実験を繰り返した。何の記録も残さずに思考実験を繰り返すことが出来るのは、IQ300の為せる業である。
最低限の遺伝子操作で能力をスポイルさせることなく、性転換した上で生殖能力を復活させることが出来るか。当然ながら100%のクローンは不可能だ。結局のところ「どこまで妥協できるか」ということである。
ユルティムとリオネルは、この研究に10年の月日を費やした。