リオネル・クローネル(19)
車椅子に乗り退院したリオネルを待っていたのは、地元警察を従えたインターポール(国際刑事警察機構)であった。容疑は「人権保護法(Human Rights Protection Act)」違反である。
「この国の警察が裏切ったのか?」
ヘイゼルの言う「この国」というのはエクセル・バイオの本社のある島国のことだ。
「裏切りという表現は正しくありません。当時はまだエクセル・バイオはこの国の全てを支配できていたわけではありませんから。観光が主な産業であり国際関係は協力的でした。逆にこのことの反省から、ユルティムはエクセル・バイオによって国民の生活を保障し、この国を鎖国させたのです」
「デストピアの完成ってことだな」
「・・・否定はしません」
ヴィクトールは視線を落としながら、紅茶に口を付ける。
人権保護法(Human Rights Protection Act)に照らし合わせると、リオネルの違反容疑は多岐に渡る。
まずリオネル本人が遺伝子操作によって産まれた存在であること。遺伝子操作は指示した者が違法とされるが、遺伝子操作を施された本人は国際機関に監視されなければいけない。人権保護法制定の切っ掛けとなった「マシナリー・ドーピング」に抵触するからである。なお医療目的ではないコールドスリープも、根拠のない延命行為とされ「マシナリー・ドーピング」に抵触する。
しかしリオネルの罪として一番大きいのは、やはり人間のクローンを作ったことである。リオネルのクローンだけで第一世代から第八世代まで合わせて76人。他人のクローンも含めると100人近くになる。全てがリオネルの指示ではないものの、リオネルは全ての首謀者だと言い張った。
露呈してしまった原因は、懸念していた通りスポーツ選手のクローンが活躍したことにあった。スキャンダルによって引退を余儀なくされた天才テニスプレイヤーの息子が、父親と全く同じスーパープレイで四大大会を席巻したのである。唯一無二と言われたプレイは息子だからと言って身に付くものではない。マシナリー・ドーピングを疑った対戦相手がDNA鑑定を要求し、クローンであることが露見してしまったのである。
さらにユルティム以外のリオネルのクローンも逮捕、あるいは国際機関の監視下に置かれることとなった。もちろん人権保護法違反容疑である。監視の意味は「子孫を残さないこと」だ。遺伝子操作された者やクローンの子孫が、人類にどう悪影響を与えるかが不明だということを意味していた。これはリオネルが「自然では起きにくい遺伝子の変化の促進が目的」としたことと真逆であり、人類が保守的であることの証明でもあった。
ユルティムの遺伝子はクインテットⅡの配慮により巧妙に偽造登録されていたため、疑われたものの証拠不十分として逮捕されることはなかった。容姿や肌の色を予め整形していたのも理由の一つになるだろう。
リオネルのクローンたちは逮捕されたものの、罪は軽いとして執行猶予付きで釈放となった。ユルティムが暗躍したからである。しかしリオネルの罪を軽くすることはユルティムをもってしても不可能だった。
リオネルに下された刑は「禁固20年」であった。