リオネル・クローネル(14)
世間のクローンに対する忌避感が薄れたことで、エクセル・バイオ・グループ全体を取り仕切る第四世代「クインテットⅡ」は競馬に目を付けた。
競馬の起源でもある馬の速さを競わせること自体は有史以前、馬が家畜化された頃から行われていたと言われている。競馬は賭博であり、娯楽であり、ブラッドスポーツである。現役の競走馬でいられる時期は長くても5年ほどで、世代交代のサイクルは人間のスポーツよりも早い。そのためファンの間で常に論争となることがある。つまり「世代間を越えて、どの馬が一番強いのか?」と。
クローンならばファンの声に応えることが出来る。遺伝子さえ入手できれば、世代間を越えた「競走馬世界一」を決めることが可能なのだ。クローンを娯楽にも落とし込むことで、将来の人間のクローン解禁への足掛かりにしようとクインテットⅡは考えたのである。
計画はリオネルが4度目のコールドスリープに入った直後ぐらいから練られ、各関係者への根回しを進めた上で、10年前に「国際クローン競走馬機構(Global Equine Genome Racing Organization:GEGRO)」が発足された。GEGROは綿密な準備とテストレースを繰り返し、3年前からオーストラリア、ニュージーランドを主軸に正式開催されるようになった。自然環境の悪化が著しい北半球よりも、比較的人口も少なく自然豊かな南半球がメインステージになるのも道理である。エクセル・バイオ本社のある南太平洋の島国から近いというのも、理由の一つではあったが。
既存の競馬関係者とも折り合いをつけた。クローン馬は牡馬牝馬ともに繁殖には上げず、一世代限りとしたことで競馬の真髄でもある血統を守ったのだ。ファンは残念がったが、後世に血を残せなかった馬を蘇らせることは、倫理上の問題にも繋がるからである。早世してしまった名馬の子孫を見たいファンの気持ちもわかる。しかしそれもまた歴史であり、運命なのだから。覆さないのはGEGROの良心でもあった。
興行は月一開催ながら初年度から盛況を極めた。新馬戦や条件戦はなく、全てがメインレース。第一レースから競馬ファンならば聞いたことがある馬ばかりが出走する。レース内容も工夫を凝らしていた。時代を越えた名馬同士の対決だけではなく、同じ馬によるレースは調教師とジョッキーの腕が試される。出走馬の顔ぶれを同じにして、違う距離のレースを行うこともあった。世界のどこからでも繋がる情報化社会のおかげで、例え無観客でも興行は大きな収益を上げることとなった。
リオネルは目を細めて、クローン馬の成功の報告を聞いていた。リオネル・クローネルの遺伝子には娯楽に対する興味というのは完全にスポイルされている。あらゆるスポーツを含む娯楽には興味を示さなかったリオネルではあるが「世代間を越えた対決」や「最強馬決定戦」などのキャッチフレーズに少なからず心が躍ったのである。「夢の実現」というのは多くの人の心を揺さぶるものだ。
リオネルは一つのヒントを得た。
「夢」がキーワードである、と。