リオネル・クローネル(2)
「リオネルの言った『自我は魂。魂は幽子。幽子はダークマター。ダークマターは・・・コピーされない?』は、正確には間違っています。幽子はクローンとしてコピーされると『空白子(Empteron)』となり活動を停止してしまいます。魂情報とされるPSC(Psycho Strands Code=魂糸符)とクローンのVSC(Void Strand Code=空糸符)は同じ配列なのですから」
エクセル・バイオが実証済みであるヴィクトールの言葉に、ヘイゼルは質問を投げかける。
「ならば総帥殿やレプリカの魂はどこから来たのだ?」
「魂がどこから来るのかは、科学的には何も判明していません。遺伝子とは違いPSC配列が両親と似ていないことから、魂が別のところから来ていると考える方が自然でしょう。私とリオネルとのPSC配列も全く違いますから」
ヴィクトールは自分の右肩に目をやる。ヴィクトールの守護霊はリオネル・クローネルだという。今でもリオネルは自分の生末を見守っているのだろうか。
「母体の子宮というのは神秘的なところです。おそらく子宮内で、どこからか来た魂が宿るのでしょう。いえ『宿る』というのは優しい言葉ですね。実際はヘイゼル、あなたと同じです」
「・・・元の魂を喰らって憑依する、とでも言いたそうだな」
ヴィクトールは黙って紅茶に口を付ける。
「なるほどな・・・故に人工子宮を兼ねた体外育成カプセルで育てたクローンは、魂が宿らずに空白子のままということか」
リオネル・クローネルはエクセル・バイオのクローン研究の中の「人間のクローン研究」を凍結し、合法的な動物のクローン実験へと移行する。最先端のクローン技術を持つエクセル・バイオと言えども、クローン胚の発生率は100%ではないため実験を繰り返す必要があるのだ。
1996年に世界初のクローン羊「ドリー」は277個の体細胞核移植を行い、1頭だけが誕生した。発生率は約0.36%だ。ナノテクノロジーの発達した23世紀の最先端技術でも、発生率は50%を下回る。染色体分配異常、遺伝子発現の異常、エピゲノム異常など、要因は様々だ。研究は続けなければすぐに衰退してしまう。
「ちょうどその後ぐらいのことかな、『永遠の輝き団』がエクセル・バイオに接触したのは」
「そのようですね。記録が残っています」
「私の中に残っている同志の記憶によれば、けんもほろろに断られたようだ」
「タイミングが悪かったようですね。もう少し前なら確実に協力したはずですから」
「そこが不思議なのだ。なぜ突然方針を変えたのか。闇社会側から表舞台に返り咲くのは容易ではない」
「推測でしかありませんが、J.ナカオカ博士の発見により魂の科学化を見込んだのだと思います。恐らくクローン事業が倫理的な問題も含め、世間に受け入れられると確信していたのでしょう。人道に反しなければ、誰もがクローンには注目するはずですから」
「先見の明か・・・」
「実際にエクセル・バイオが裏のままだったら、私たちの事業もここまで拡大は出来なかったでしょう」
「拡大できたのは総帥殿の功績ではないのかな?」
「礎を築いたのは先代たちです。私は開花させただけに過ぎませんよ」