ヴィクトール・クローネル(2)
お互いが黙ったまま、時間だけが過ぎていく。紅茶はすっかり空になり、おかわりが注がれるわけでもない。ヴィクトールは時折足を組み替え、頬杖をついたり髪をかき上げたりと度々姿勢を変える。ヘイゼルは泰然自若とばかりにソファーに深く腰掛け、足を組んだままでいた。
「・・・何を考えているのですか?」
口を開いたのはヴィクトールの方だ。
「・・・そのセリフは私が言いたいですね」
「・・・ヘイゼルならば、私が考えていることぐらい読めるでしょう?」
「総帥殿にESPは使いませんよ。失礼に値するので」
「意味もわからないまま、座っていたのですか?私はヘイゼルを試したようなものですよ?怒ってもおかしくないところです」
「総帥殿ならば、必ず真意を告げてくれると信じていたので」
「・・・紅茶を淹れなおしましょう」
ヴィクトールは立ち上がり、書斎の一角にある棚のガラス戸を開ける。
「・・・ヘイゼルの中のグレイを探していました」
背中越しにポツリとヴィクトールが呟く。ヘイゼルは何も言わずに手を組みながら腹の上に置き、ソファーに身を埋めながら目を瞑る。
カチャリと静かな音と共に、ヘイゼルの前に紅茶が置かれた。
「・・・何故、私を仲間に受け入れたのですか?私は総帥殿の大切な人を二人とも奪っています。恨まない方が不思議だ」
「何故・・・?難しいですね。明確な理由は私の中には見つかりません。ただ・・・恨んではいません。あなたにとって二人を殺めたのは、目的ではなく手段ですから。目的と手段は、たとえ同じことをしても意味は変わります」
未来視(Foresight=フォアサイト)による導き。フェノーメノ・モンストローゾがヴィクトールの仲間になるために、必要なヴィジョンではあった。
「ある意味で言えば、あなたは誠実です。目的のために躊躇うことなく手段を遂行する。私の目の前でまざまざと見せつけられた時、私はあなたを『欲しい』と思ってしまったのです」
「私は総帥殿も殺そうとした」
「それも手段でしょう?」
「敵だったのですよ?仲間にした上で、裏切られるとは思わなかったのですか?」
「あなたには嘘がありません。騙したり嘘を吐く必要がないほど強いからです。あなたが裏切るときは、堂々と宣言した上で敵に回ることでしょう」
ヘイゼルが口を半開きにしたまま、固まっている。ヴィクトール・クローネルという人物の本質を見抜く目は本物だ。
「私は化け物の類です。怖ろしいとは思わないのですか?」
「あなたには知性も理性も備わっています。出自は関係ありません」
ヴィクトールはヘイゼルを、いやフェノーメノ・モンストローゾを対等な「人間」として見ている。・・・初めてのことだった。
「そこまで驚くことはありませんよ。私も・・・私も『普通』ではないのです。・・・むしろあなたの側に近い」
「どういうことです?」
「私はエクセル・バイオ初代社長『リオネル・クローネル』のクローンとして生まれたのです。普通の人間ではありません」