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パーティー

 宇宙ステーション「GECLI」の居住区ホール。

 一部の宇宙ステーション制御スタッフ以外の全スタッフが一堂に会している。核融合発電大手フュージョンエナジーテクノロジーズ(通称F・E(エフイー))と高重圧力加工素材「グラビウム」を生産しているグラビテック社の関係者も招かれていた。ブラックホールエンジン「オッドボール」の完成を祝うパーティーが開催されるからだ。

 ホール中央に年配の女性が立っていた。GECLIの所長である。所長の姿はホールのモニターにも映されていた。

 「このGECLI設立から40年。ついにブラックホールエンジン「オッドボール」の完成を見ることが出来ました。これもひとえに、ここにいる皆様の『努力と根性』の賜物だと思っております」

 会場から拍手が起こる。

 「0.2Gではありますが、このホールに1時間重力を発生させます。ささやかではございますが料理とお飲み物もご用意しました。短い時間ですが、心ゆくまでお楽しみください」

 所長の祝辞の後、グラビサイエンスの研究主任がグラスを持つ。

 「それでは『オッドボール』の完成を祝い、乾杯!!」

 「「「かんぱーい!!」」」

 歓声とグラスを鳴らす音が響く。同時にホールに料理が次々と運び込まれてきた。宇宙食ではない皿に盛られたオードブルだ。会場の誰もが目を輝かせながら、宴が始まった。


 「ふぅ~・・・こういう場は苦手だ」

 溜息を吐きながら、研究主任が休憩室に入る。

 「おっと、先客か」

 休憩室には若い男性がいた。未来エネルギーの科学者で、GECLIの関係者の中でも最年少の青年だ。かなり幅広い分野に詳しく、将来の科学界を背負うとまで噂される「prospect(将来有望株)」である。

 「どうした?早く戻らないと御馳走が無くなるぞ」

 パーティーはまだ半ばといったところだろう。1時間で終わるのが惜しいくらいだ。

 「・・・はい」

 返事はするものの、若い科学者は動こうとしない。

 「・・・悩みでもあるのか?」

 研究主任は優しい口調で尋ねる。

 「・・・・・・」

 黙ったままの若い科学者と並ぶように、研究主任は移動した。

 「私で良ければ話を聞くよ。力にはなれないかもしれないが、言葉にすることで頭も整理されるんじゃないかな?」

 研究主任は若い科学者の顔を見ないように、虚空を見ながら言った。

 「・・・辞めようと思ってるんです」

 研究主任は表情を変えない。実はそれなりの数の科学者から「辞めたい」という声を聞いていたからだ。ブラックホールエンジンが完成し、ここからの改良は技術者の仕事となる。新たな理論や研究は減る為だろう。燃え尽き症候群のようなものか。

 「・・・辞めて、どうするんだ?やりたいことがあるのかい?」

 燃え尽き症候群で辞める科学者は、次の目標が無いことが多い。そのまま科学者そのものを辞める者も少なくなかった。


 「・・・ボクはナディヤ・カザンスカ博士のファンなんです」

 ナディヤ・カザンスカは150年程前にノーベル文学賞を受賞した科学者だ。全世界にファンがいるが、彼女の著書のファンは「先生」と呼び、一般の人は「女史」と呼ぶ。「博士」と呼ぶのはナディヤの科学者としての姿勢を尊敬している場合だった。

 「君も『隠れゴーストマター派』だったのかい?」

 「・・・?」

 「私が学生だった頃、学内は『重力子派』と『ゴーストマター派』に分れててな。『重力子派』はエリート。『ゴーストマター派』はマニアと見られることが多かった。だから重力子派を装ったゴーストマター派を『隠れゴーストマター派』と呼ぶことがあったんだよ。・・・そうか。もう『隠れゴーストマター派』は死語なんだな」

 研究主任は笑みを浮かべた。

 「・・・ボクには夢があるんです。『霊子論』を実証するっていう夢が」

 「霊子論(Spiriton Theory)」とは2228年に刊行されたナディヤの著書だ。ベストセラーにはならなかったが「霊子」を思考実験による仮説で並べた論文調の文芸本である。ゴーストマター派のバイブルとも呼ばれ、「霊子論」の実証を志す科学者は意外と多い。

 研究主任は若い科学者の目を見た。輝きに満ちた瞳は、燃え尽き症候群にかかった抜け殻のような目ではない。しっかりと目標を見据えた科学者の眼差しだった。


 「まだ内密の話なんだが、グラビサイエンスは新たなプロジェクトを立ち上げる予定だ」

 「・・・はあ」

 何の話だかわからない若い科学者は気のない返事をする。

 「君なら知ってると思うが『霊子論』の中でアンチマターの可能性に言及していただろう?」

 「はい」

 「ブラックホールエンジンが重力コントローラを動かすにはアンチマターが必要ではないか、という声が上がってな。アンチマターを研究するプロジェクトを立ち上げるのさ」

 若い科学者の目が輝きを増し、研究主任の言葉の続きを促す。研究主任は若者の前向きな姿に、笑いが零れそうになった。

 「私がこのプロジェクトの代表になることが内定している。有能な科学者には、是非メンバーになってもらいたいのだが・・・」

 研究主任が若者の顔を見る。上級な肉を目の前にした犬のような目だ。ついに研究主任は吹き出してしまった。

 「ハハハ。笑ってすまない。君をメンバーに推薦しておこう」

 「ありがとうございます!!」



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