ゼーの相談(1)
《なあ・・・ヘイゼルさん・・・相談したいことがあるんだが、いいかな?》
不意にヘイゼル・ブランカの元にテレパシーが入る。テレパシーの主は佐藤洋子だが、この口調は佐藤洋子の別人格である「ゼー」の方だ。
《少々待っててくれたまえ。すぐにそちらへ行く》
ヘイゼルは空間認知でゼーの居場所を特定し、瞬間移動でゼーの居場所である佐藤洋子の部屋へと向かう。
「わざわざ来てくれたのかよ。テレパシーでも良かったんだがな」
目の前に突然ヘイゼルが現れても、ゼーは驚きもしなかった。右手でソファーに座るよう促す。
「最近は霊子通信が普及しすぎているせいで、テレパシーも混信することがある。あまり他人に聞かれたくはない話なのだろう?直接、話をした方がいいと思ってな」
「・・・アンタって、意外と紳士だよな」
「フッ・・・意外かな?」
「少なくとも暗殺屋の親玉には見えねえよ」
「・・・光栄だな」
ヘイゼルとゼーが視線を交わし、穏やかに微笑む。
ヘイゼル・ブランカの正体は「フェノーメノ・モンストローゾ(Fenômeno Monstruoso=化け物の仕業)」と呼ばれた肉体を持たない魂だけの存在である。初期の「永遠の輝き団(Hermetic Order of Eternal Radiance)」の永遠の命を得る魔術により、関わった者全ての命と引き換えに生まれたモンスターとも言えよう。しかし彼らの目的が「人間として人間らしく永遠に生きるということだであり、理性や思考を失わずに人間として生きること」であるためか、フェノーメノは知性も理性も持ち合わせている。
理性を保ったまま肉体を持たなかったフェノーメノにとって、例え皮肉でも仲間と冗談を言える日常は新鮮だった。長年付き合った「永遠の輝き団」の部下たちは、フェノーメノと対等に冗談を言えるものなど誰一人としていなかったのだから。
「用件を聞こう」
「言っとくけど、殺しの依頼じゃねえからな」
「フッ・・・暗殺依頼は『相談』とは言わんだろう?」
「ハハッ、違いねえ」
二人は静かに笑いあう。
「・・・チッ、なかなか言い出しにくいもんだな・・・自分から『相談したい』って言ったくせに・・・」
「心配しなくていい。誰にでもある、ごく普通のことだ」
ヘイゼルの言葉は「ただし普通の人間ならば」という注釈が付く。ゼーは普通の人間とは言えない。主人格「佐藤洋子」の精神の歪みから生まれた副人格なのだから。
ゼーは佐藤洋子の心の内に押し込めた「負」の感情から生まれたためか、佐藤洋子とは真逆の性格を持つ。明るく快活でありながら、周囲を気遣い悪感情は表に出さないために思い悩むことが多い洋子。故にゼーは常に怒ることが多く、口も悪く気を使わない。勉強は苦手でお天気屋の洋子とは逆に、ゼーは暇さえあれば勉強し冷静だ。「ゼー(See)」という名前も、洋子の黒歴史であるドイツに因んだドイツ語の海(See)から取っている。
そのゼーが悩んでいる。副人格ということで悩むはずのないゼーが。
佐藤洋子とゼーの関係性に変化が訪れているのを、ヘイゼルは感じ取っていた。