アビィ・クローネル
アビィ・クローネルはエクセルシオン・バイオメディカルの総帥ヴィクトール・クローネルの養子である。前生はISCO(International Space Cooperation Organization=国際宇宙協力機構)の初代CUEO(Chief Unified Executive Officer=最高統一責任者)クワメ・アビオラだ。3歳児に憑依転生したためにクワメ・アビオラとしての記憶は失い、アビィ・クローネルとして一から人生をやり直してきた。
エクセル・バイオのクローン育成技術の中には脳育成技術も含まれている。これはクローンに転生した際にクローンの脳が未学習だと、オリジナルが転生した際に支障をきたすためだ。何しろ言葉一つ話せなくなってしまうのだから。そのためクローン育成時には睡眠学習のように、クローンにも教育を施している。
エクセル・バイオのクローン脳育成技術を応用して、ヴィクトールはアビィにも睡眠学習をさせていた。ただし睡眠時の脳疲労を考慮して長時間の高度な学習はさせていない。それでも元の頭脳が優秀なことも相まって、アビィの学業成績はスペシャルなクラスであった。飛び級にて16歳で大学に入り、在学中に大学院相当の修士課程も修了させた。
アビィは大学卒業を控えたこの春に20歳になろうとしていた。
「母様、話があります」
「何でしょうか?」
「卒業後の就職はエクセル・バイオ以外の会社に行き、自立したいのです」
「・・・理由を聞いても?」
「クローネルの家名が強すぎます。エクセル・バイオでは私を『アビィ・クローネル』ではなく『ヴィクトール・クローネルの息子』として見るでしょう。特別扱いされてしまうのは、本意ではありません」
「エクセル・バイオでなければ、あなたはクローンを有効活用できませんよ。『普通の人』と同じになってしまいますが?」
「母様。私はまだ『普通の人』でいいのです。いや、今のうちに『普通の人』の感覚を身に着けておくべきだと考えています。年相応の20歳の人間として、『普通の人』として生きるべきだと考えています」
「アビィ、あなたは・・・」
ヴィクトールはすでにアビィがクワメ・アビオラの転生者であることを、言おうとして口を噤んだ。今のアビィにクワメ・アビオラの記憶はなく、自分が転生者であることも知らないのだから。
「エクセル・バイオの技術はすでに『チート』だと思っています。でも『チート』を活かすには、私には早すぎます。もっと先の人生からでいいのです」
「・・・わかりました。であるならば、アビィ、あなたとの養子縁組も解消しましょう」
「・・・え?」
「あなたが孤児で私が養子縁組したことは、成人した時に話しましたね?」
「・・・はい」
アビィが15歳の時にヴィクトールから「本当の親子ではない」と告げられた時、アビィは逆に安心したものだ。ヴィクトールには伴侶もいなく、結婚したという形跡も話も聞いたことは無い。肌の色も髪の色も顔つきもヴィクトールとは似ても似つかないアビィ。子供の頃からの自分への疑問に、明確な答えを聞かされた気がしたからだ。
「アビィ、明日からは『アビィ・オーリス(Aby Auriss)』として独立しなさい。いつかこんな時が来るかもしれないと、準備は済ませてあります」
無表情に言い放つヴィクトールの目に光るものが見えた気がした。アビィは自分の決断が揺るがないよう、ヴィクトールに背を向ける。
「母様、いえヴィクトール・クローネル様。今まで育てていただきありがとうございました。明日からではなく、今すぐこの家を出ていきます」
ヴィクトールは出ていこうとするアビィの背中に抱き着いた。
「アビィ・・・私はあなたを愛しています。ですが戻ってくることは許しません」
「・・・はい」
「いつか・・・いつの日か立派な男性となり・・・私を嫁として迎えに来てください」