3G始動(7)
「・・・深い海に潜っているようだ」
アームストロング少尉は初の宇宙遊泳を全身で満喫していた。古来より宇宙を「海」と表現する物語は少なくない。「宇宙の海は俺の海」と言ったのは誰だったか。
「冷たい・・・真っ暗で、上も下もわからない・・・だが・・・心地いい・・・」
軍用大型輸送宇宙船「Cetus」の解析室に、霊子通信によるアームストロング少尉の独り言が流れる。解析室の多数のモニターには、様々な角度から撮影された3G「レイヴン1」の姿が映し出されていた。実験宙域には予め3Gの撮影用ドローンが複数配備されていたのだ。レイヴン1は海中を泳ぐ魚のように、縦横無尽に動き回る。
「局長、『冷たい』とはどういうことかね?」
怪訝そうに尋ねたのは大統領だ。
「その通りの意味ですよ。アームストロング少尉は『冷たい』と感じているのです」
「ロボットなのに、冷たいと感じるのか?」
「肌感覚というモノは、職人にとって大切なモノです。3Gは肌感覚を備えています。触感も温感も痛覚もあります。ただしある一定以上の感覚にはならないよう制御はしていますが。度が過ぎるとショックを受けてしまいますからね」
過度の痛覚は脳が「死」を感じてしまう。何よりも憑依しているとはいえ、パイロットが耐えきれないだろう。
「それを可能にしているのが、ボディー表面に施された銀の網目の線です。電気的にも霊子的にも導性の高いアクアシルバーによって実現されました。時には機械を凌駕する職人の技術を活かすために開発されたのです」
「す、すごいものだな・・・」
大統領が感心する中、軍司令官は顔をしかめる。
「軍用ならば肌感覚など不必要ではないのかね?」
「司令官殿は勘違いをしていらっしゃるようだ」
NSSDA長官は眼鏡をたくし上げながら口角を上げた。
「3Gは軍用ではありません。軍事転用可能な汎用ロボットです。元々は宇宙開発のために設計されたロボットだということをお忘れなく」
「むう・・・」
「なあに、軍用にするのであればアーマーを装備して、剝き出しのアクアシルバーを覆ってしまえば済む話です。アーマーの機能やデザインは軍部が設計されてはいかがですか?」
「・・・承知した。軍部で特別チームを結成させよう」
軍司令官は引き締まった顔つきで頷く。
複数の画面では捉えきれないような複雑怪奇な動きをレイヴン1は繰り返していた。
「GBUシステムの動きは良さそうですね。では別の実験を開始しましょう」
長官が指示を出すと、複数の撮影ドローンからレーザービームが3Gに向けて発射された。無数のレーザーがレイヴン1の手足、胴体、頭部を貫いていく。背中のGBUシステムにレーザーが直撃した瞬間、爆発とは違う眩いエネルギーの放射が発生した。
周囲に影響を与えないまま光は即座に収束し、レイヴン1は光に飲み込まれるように跡形もなく消えていた。