3G始動(6)
『アームストロング少尉、そろそろ宇宙での実験に移ろう。メインゲートを開く。発進準備してくれ』
『了解しました』
「メインゲート、オープン準備。庫内脱気します。庫内人員は隔壁内に退避してください。繰り返します。メインゲート、オープン準備。庫内脱気します。庫内人員は隔壁内に退避してください」
オペレーターAIの音声が格納庫内に流れた。3Gに憑依したアームストロング少尉にも、霊子通信とは別の「音」として全身で感じることが出来る。耳とは違う音の感じ方にはなかなか慣れないが、音が聞こえないよりはマシだと思うことにした。周囲の音が聞こえることで得られる情報も少なくないはずだ。
格納庫内の空気が収納され、宇宙と同じ真空となっていく。僅かな空気の流れを3Gの「肌」は敏感に感じ取る。温度が急速に下がり、寒気も感じ取られた。しかし身体の反射である身震いをすることは無い。事前にNSSDAの局長から説明された「動きを阻害するような身体反射は除去してある」というのは本当だったようだ。
『・・・3・・・2・・・1・・・ゲートオープン』
格納庫の前面ハッチがゆっくりと開き、漆黒の宇宙空間が目の前に広がっていく。
『アームストロング少尉、ゆっくりと発進してくれ』
『了解』
3Gは静かに格納庫の床面から離れ、音もなく前進する。1Gの有重力下で浮遊し移動できるのは、アームストロング少尉の思う通りにGBUシステムが反応している証拠だった。
軍用大型輸送宇宙船「Cetus」の格納庫から、3G「レイヴン1」は身を投げ出すように宇宙空間へと飛び出した。アームストロング少尉は手足を広げ、スカイダイビングのように大の字となる。
(うわぁ・・・)
宇宙空間というのは-270℃前後の低温だということは、知識として理解している。しかし宇宙服では宇宙の温度を知ることはなく、生身を宇宙に曝すことなど有り得ない。アームストロング少尉は宇宙空間の温度というモノを全身で味わっていた。しかし3Gの機能上、皮膚感覚はかなり緩和されている。アームストロング少尉の体感では冷たい海に潜っているような感覚だ。
気が付けばアームストロングは足を揃えてバタフライキックを繰り返していた。いわゆる潜水泳法である。3GはGBUシステムの「Gトラクション」で移動するため、どのような体勢でも関係ない。レイヴン1はアームストロングが宇宙空間を海中だと認識したことにより、体の動きも潜水泳法をしてしまったのだ。
『・・・深い海に潜っているようだ』
思わず口に出したときと同じように、アームストロング少尉の声が霊子通信に乗り、首脳陣が集まる解析室に響き渡った。