3G始動(2)
超大国の航宙機動軍の「ブライアン・アームストロング(Brian Armstrong)」少尉は、ベテランの宇宙戦闘機パイロットである。宇宙ではいまだに戦争が起きたことはなく、戦場を駆け巡った経験はない。航宙機動軍の主な任務は宇宙船や宇宙ステーション災害の救助活動や、外宇宙探索などに集約されるが、どの初出動時よりもアームストロング少尉は緊張していた。3G(Gravity Ghost Gear)の初代パイロットに任命されたからである。
テストシミュレーションは何度も繰り返してきた。機械の操作とは違う「憑依」という操縦システム。頭では理解しているものの、シミュレーションを何度繰り返してもVRゲームの域を超えることが無かった。3Gをパイロットとして操る実感が、全くわかないのだ。
どんなに優れたシミュレーションシステムでも、実際の操縦と感覚が違うのは当然である。車だろうが飛行機だろうが宇宙船だろうが、アームストロング少尉の経験上シミュレーションはシミュレーションに過ぎない。しかし操縦桿の位置やレバー操作、機器類の見方、視界やスピード感など、参考になることは多い。なのでシミュレーションは実際の操縦の練習として、非常に役立ったことは間違いない。
しかし「憑依」という操縦桿もスイッチも何もない操縦システムでは、VRゲームと感覚が変わらない。3Gに装備されたGBUシステムという移動手段は、動きを頭に思い浮かべるだけでその通りに動く。脳波と連動しているとの説明は受けたが、あらゆるGを無効化するらしく何の実感も体験することが出来なかった。何度シミュレーションを繰り返しても、何一つ自信が持てないまま初試験を迎えてしまったのだ。緊張するのが当然の状況であった。
アームストロング少尉の耳には、他のテストパイロット候補の様子も聞かされていた。思い通りに動くGBUシステムの速さに自分の感覚が付いて行けず、眩暈や吐き気を催す者が多かったらしい。憑依にも慣れない者もいたという。体高6mの3Gへの憑依は、自分が6mの巨人になることと同じだ。サイズ感の違いに脳の理解が追い付けず、変調を来す者も少なくなかった。
ブライアン・アームストロングは単純にシミュレーション成績が一番良かったから初代パイロットに任命されたのである。自信がなくとも辞退するわけにはいかなかった。
3Gが吊るされている四角いハンガーデッキの上部に設置されたコックピットに、アームストロング少尉は窮屈そうに乗り込む。周囲にいた首脳陣は格納庫を見渡せる展望デッキに移動しており、ハンガーデッキの周囲には人も物も何もない。
「レイヴン1」試運転の準備は整った。