錬金術研究所(7)
リリーが大型貨物宇宙船でエクセル・バイオから持ってきた積荷の中には、ヴィクトール・クローネルのクローン体もあった。リリーはコールドスリープ装置を操作して、ヴィクトールのクローンが正常に眠っていることを確認する。
《総帥様、準備できました》
リリーがヴィクトールにテレパシーを送る。数秒後、ヴィクトールのクローンが目を開けた。
「ふぅ・・・とりあえず成功ですね」
ヴィクトールは幽体離脱して、アステロイドベルトの錬金術研究所にあるクローン体まで憑依してきたのだ。これでヴィクトールはいつでもどこにいても、この錬金術研究所まで来ることが出来る。いやクローン体のある場所ならば、どこへでも数秒で移動可能ということだ。ただし移動先のクローン体の準備や、幽体離脱した後のヴィクトールの体の処置など、周囲の協力体制が万全であることが条件ではあるが。
「総帥様、理論上であれば幽体での移動は霊子と同じ速度が可能です。数秒もかかったのは何故ですか?」
「幽体離脱後、魂の緒を辿ってここまで来たのですが、どの魂の緒がここにあるクローン体のものかの判別に数秒かかりました。少々コツが必要なようです」
ヴィクトールはすでに数十体のクローン体と、魂の緒を繋いでいる。つまり幽体となったヴィクトールの頭には、数十本の魂の緒が繋がって伸びているということだ。数十本の魂の緒から任意の一体に繋がる一本を選ぶのは、幽体離脱に慣れているヴィクトールでも難しいということだった。
「他人事じゃありませんよ、リリー。あなたも幽体離脱による憑依転生で、ユリの元に帰れるということですからね」
「あ、そうですね。今度ユリとヨウコさんとスイーツ食べに行きたいです。味だけ感覚共有しても、楽しさが半減なんですよ。いくら味わっても太る心配がないのはいいんですけどね」
リリーが笑顔をはじけさせる。
「君たちの会話を聞いていると、あらゆる意味で人類を越えているよね。寿命は無いようなものだし、移動も地球とアステロイドベルトの間を数秒だよ。ボクも仲間入りしちゃったわけだけど、一昔前なら想像もできなかったよね」
「まだまだ不便ですね。周囲の協力は必須ですし。本当の意味で人類を越えているのは、ヘイゼルだけです。彼はESPだけでなく、PKも極めていますから」
「PKを極めてる???じゃあESPとPKの究極でもある『瞬間移動(Teleportation=テレポーテーション)』もできる???」
カインの目の色が変わった。
「できますよ。呼びましょうか?」
「ぜ、是非!!この目で見たい!!」
次の瞬間、3人の前に小柄な青年が現れた。驚いているのはカインだけで、ヴィクトールもリリーも平然としている。
「総帥殿、来たことのない場所へのテレポートは、それなりに気を使うので控えてもらえると助かる」
「あら、ヘイゼルにも気を使うことがあったのですね」
ヘイゼル・ブランカの苦言に、ヴィクトールは優雅な笑顔で答えた。一方のカインは独り言をブツブツ言いながら、ヘイゼルをまるで獣を捕まえるような仕草で対面していた。
「これを数式化できれば『瞬間移動(Teleportation=テレポーテーション)』も『物体取り寄せ(Apport=アポート)』も『物体送信(Asport=アスポート)』も機械化できる・・・」
ヘイゼルはカインを怪訝な目で見下していた。
「何ですか?この男は?」
「・・・不本意でしょうが、協力してあげてください。こう見えて彼の頭脳は天才的で、私も期待しているのです」
「はあ・・・」
ヘイゼル・ブランカの溜息が響く中、リリーはある言葉を脳裏で反芻していた。
「天才とナントカは紙一重・・・」