錬金術研究所(6)
電気自動車はα基地とβ基地の間の橋を渡っていく。
「Gフィールドは万有引力の法則が通用しない。まだまだ検証していかなければならないことは多いよ」
「あ、ひょっとしてα基地の宇宙港が使えないのも・・・」
「さすが、リリーさん。気が付いたようだね。Gフィールドの側面から中に突入すると、突然1Gの重力がかかることになる。宇宙船にとっては、先端だけ1Gが掛かり、残った船体は無重力となるんだ。そんな状況は自然界に存在しないし、そんな状況を想定した姿勢制御も備えていないからね。事故を避けるために宇宙港を封鎖しているのさ」
「・・・そうだったんですか。設計ミスですね」
エクセル・バイオの「GU計画」はユリとリリーが担当した。地下に宇宙港を配備し、出入り口を側面に設計したのはリリーだった。自分がGフィールドの特性を見抜けなかったことを、リリーは猛省していた。
「設計ミスじゃない。入口と出口を別々の側面にすることで、出入港をスムーズにするのは理に適っているからね。時代が追い付いていないだけだよ」
カインはリリーの肩を軽く叩き、落ち込むリリーを励まそうとする。
「宇宙船にGBUシステムが標準装備されるようになれば、この問題はあっさりと解決するんだから。あ~クローネルさんにGBUシステムを自前で作れるよう、設備投資してもらおうかな」
リリーはカインの横顔を見つめていた。この人は前しか向いていない。
「ん?ボクの顔に何かついてるかい?ここのところまともに顔も洗ってないから、目ヤニでもついてたかな?」
「な、なんでもありません」
リリーは顔を赤くして首を振る。
「頼むよ、リリーさん。ここ『錬金術研究所』は形式上ISCOに加盟はしているけど、独自の実験を進めるためにISCOからの支援は一切受けない方針なんだ。我々の出資者はクローネルさん個人であり、エクセル・バイオの組織にも属していない。独立している以上、何でも自前で出来るようにしなきゃならないんだ。ボクたちの抱えてる仕事は山ほどあるから、リリーさんも覚悟しておいてね」
「抱えてる仕事って具体的に何があるんですか?」
「出資者がクローネルさんだからね。エクセル・バイオの計画の根幹部分、全ての開発となる。具体的には『GU計画』はスタートしたけど、他には『Dwarf Planet Gravity Urbanization計画』のための『PPGシールド(Pin Point Gravity Shield)研究』、『Schwerkraft Seele Steuerung 計画』用GBUシステム、クローン用の新型コールドスリープ装置、『霊子コンピュータ』の開発も急がれてたっけ。あ、それから『超心理学の機械化』も言われてたなぁ。ボクはそのために『ノヴァ・サイキック・アカデミー(Nova Psychic Academy)』に入学させられたんだし」
「あ、じゃあカイン先生もテレパシーが使えるのですか?」
「いやあ、実践に費やす時間がもったいなくて、専ら理論の解析と構築ばかりしてたよ。だってクローネルさんが『1年で卒業しろ』とか無茶を言うんだよ。寝る暇なかったよ」
「・・・首席ですよね?」
「クローネルさんにクローンのいい使い方を教わったんだよ。クローンを2体用意してね、12時間ごとに交代で憑依するんだ。疲れるのは脳であって、魂は寝なくても問題ないんだよ。クローネルさんに『幽霊は睡眠を取りません』と真顔で言われたんだ。24時間365日研究を続けられるって凄いよね。仕事が捗るよ」
リリーは開いた口が塞がらなかった。ベッドで眠る至福の時間が無くなるなんて・・・
《リリー、ファイト》
不意にユリからテレパシーが入る。
《私がたっぷり睡眠とって、リリーにも感覚共有させてあげるから。あ、これからヨウコさんとスイーツ楽しんでくるね。リリーにも味覚共有で味わってもらうから、頑張って♡》
感覚共有はありがたい。この「錬金術研究所」でスイーツは期待できなさそうだから。とはいえユリが現実に甘味を楽しむ中、自分は24時間365日研究をするというのは、何か腑に落ちないリリーであった。