研究所の休憩室
地球軌道上の太陽の真裏に位置するラグランジュポイントの宇宙ステーション「グラビサイエンス・エネルギーコア研究所」、通称「GECRI」の休憩室。ここにはグラビサイエンス研究所と未来エネルギー研究連盟の科学者や技術者などの職員が頻繁に訪れる。部署の違う職員たちの情報交換の場にもなっているのだ。
「何とか目途が立ちそうですね」
「ああ、ちょっとした盲点だったが、気が付いてよかった」
未来エネルギーの科学者2人が、実験の感想を称え合っていた。すると休憩室に新たな人物が入室してきた。グラビサイエンスの研究主任だ。
「お二人ともお疲れ様です。今日の実験が成功したとか」
「いや、成功ではないんですけど『光明が見えた』というところですね」
年配の科学者が、苦笑いしながら答える。
「考えてみれば、重力線も『燃料』だったわけですね。ブラックホールのコアに使ってなかったので、みんな頭から抜け落ちていたと言ったところでしょうか」
研究主任だけに今日の実験の内容も結果もすでに知っている。
今回の実験は「ブラックホール重力線照射実験」だ。ブラックホールに直接100GD/sの重力線を照射して、何がどれくらい放出されるかを計測する実験だった。ブラックホールの大きさは直径0.3mmと小さいので、100GD/sとはいえ使用するエネルギーはかなり小さくて済む。重力線の照射エネルギーは面積に比例するのだから。
「重力線照射量に対するブラックホールからの重力子放出率は10%ほどで、残りはブラックホールに吸収されてしまいました」
若い科学者が研究主任に実験内容と結果を説明した。
「10%か・・・何とも微妙な数値ですね」
「でも別の大きさのブラックホールに照射すると、重力子放出量の数値は変わるんです」
「え?どういうことですか?さっき放出率は10%と言ったばかりじゃないですか?」
「ええ、それなんですがね・・・」
年配の科学者が説明をする。100GD/sの重力線照射量に対して、ブラックホールが重力線を放出するのが10GD/sほど。これはどの大きさのブラックホールでも同じなのだが、放出量はブラックホールの表面積に比例するのだ。
「ということは、大きなブラックホールであれば・・・」
「はい。大きければ大きいほど、同じ重力線照射量でも放出量は多くなるということです。これはあくまでも試算ですが・・・」
年配の科学者が説明を続ける。1000トンのブラックホールの直径は約190mm(0.19m)である。100GD/sに必要なエネルギーは1m㎡に絞ることで3ギガジュールとなる。放出量は10GD/s×表面積約 0.111㎡。単純に言えば1.1GD/s相当の重力子を得るのに、3ギガジュールでいいということだ。エネルギー変換の場合、1GD/sにつき300ギガジュールが必要だが、これであればコストはわずか1%以下で済み、エネルギーコストを大幅に削減できるのだった。
「1000トンか・・・」
研究主任は顎に手を当てて難しい顔をする。通常のエネルギー源として考えるのであれば、実用化は目前だ。しかし「重力コントローラ」を動かすとなると、1000トンでもまだまだ足りないだろう。1万トンか、10万トンか、100万トンか・・・100万トンのブラックホールなど、人類に制御しきれるものだろうか?危険すぎる。
「研究主任の懸念はわかりますが、タイミングのいいことに『グラビウム』があります。それから『グラビウム』にも朗報があるんです!」
若い研究者が興奮気味に話し出す。グラビウムの重力軽減効果は、厚さに由来しないことが判明した。分厚い鋼板でも薄い膜でも重力軽減効果は変わらないのだ。しかも別の素材で何層にもすることで、重力軽減効果を上乗せすることもできた。
「限りなくゼロに近いところまで、重力は軽減できるんです。これがあれば、ブラックホールエンジン完成までの道が見えたようなものです!」
フンスという鼻息でも聞こえてきそうなほど、若い科学者は熱く語った。
「薄い膜でもいいということは、グラビウム粉末の塗料でも重力軽減は出来そうだな」
研究主任がニヤリと笑みを浮かべる。
「まずはグラビテック社に問い合わせてみよう。グラビウムに関する研究成果は、グラビテック社で発表するべきだ。それから重力線照射に関するデータを纏めて、発表の準備をしよう。但し、ブラックホール巨大化の懸念と注意喚起を盛り込むことも忘れないように」
「そうですね。早速未来エネルギー側を動かしましょう」
「いやあ、面白くなってきましたね」
「馬鹿モン!!遊びじゃないんだぞ」
「・・・すみません」
年配の科学者と若い科学者の漫才のようなやり取りを見て、研究主任は笑顔になった。