錬金術研究所(2)
リリーは大型貨物宇宙船で、かつて「冒険者」で働いていた数十名のオペレーター、それから大量の機材や作業ロボットと共にアステロイドベルトへと向かっていた。行き先は「エクセル・バイオ」の施設ではない。新しく設立された研究団体「錬金術研究所(Alchemia Institutum)」である。ヴィクトールの知り合いが代表を務めているとのことで、彼女はエクセル・バイオから錬金術研究所へと「出向」するカタチとなった。
リリーがヴィクトールから言われたのは「ユリと離れて、新しい研究団体でリリー独自の感性を磨いてください」とのことだった。
エクセル・バイオの中で、リリーはユリと行動を共にすることが多い。同じ研究をするか、または関連した研究でプロジェクトの幅を広げるか。どちらにしろユリとリリーは二人で一つのユニットとして扱われていた。リリーは双子の妹ということもあって、ユリを立てて自らは一歩引いた立場を取ることが多い。ヴィクトールとしてはリリーに独り立ちしてほしいのだろう。親心とでも言うべきヴィクトールの想いを、リリーは真摯に受け取った。敬愛する総帥様の気持ちに応えなければならない。
ヴィクトールの知り合いだという研究団体の代表は、最近リリーの出身校である「ノヴァ・サイキック・アカデミー(Nova Psychic Academy)」を首席で卒業したらしい。リリーの後輩になるわけだ。そこでリリーはちょっとしたサプライズを仕掛けることにした。15歳のクローンに転生してから、研究団体へと向かったのである。すでにリリーも50歳間近。「おばさん」と呼ばれてもおかしくない年齢だ。クローン転生で常に10代から20代前半の体でしか過ごしていないため誰一人としてリリーを「おばさん」と呼んだ者はいないが、アラフィフで15歳の見た目は反則だろう。もっともヴィクトールの知り合いということなので、驚かない可能性の方が高いのだが。
火星の外縁、アステロイドベルトの指定座標に、リリーの乗る大型貨物宇宙船は到着した。しかし人工的な建造物らしきものは見えないし、レーダーにも反応がない。
『こちら錬金術研究所の管制システムです。次のコードナンバーを入力して、当拠点のX軸Y軸Z軸をリンクさせてください。コードナンバーは以下になります。・・・』
宇宙船の操縦室に正体不明のAI音声が流れる。船長は不審に思いつつも指定されたコードナンバーを入力した。
『入力確認。これより入港モードに入ります。Gシールド解除』
すると突然、宇宙船の前方に半球状の小惑星が二つ並んだ状態で現れた。片方の半球の平面中央には人口建造物が何棟か立ち並び、森林が周囲を覆っている。もう片方の半球の平面はまだ建造物がなく、周囲の森の木も若木がまばらに植えられていた。
この二つの半球状の小惑星が「錬金術研究所」であった。