とある酒場
「先輩、昨日はお疲れ様でした」
「お前もあっちこっちに飛ばされて、ご苦労だったな。まあ飲め」
先輩と呼ばれた中年男性が若い男のコップにビールを注ぐ。
「ありがとうございます。いやあ、さすがに10か所回って、15人にコメもらうのはしんどかったっす」
「しょうがねえよな。ウチの方針で『コメは本人から生の声をもらう』だからな」
「そんな古典的なの、ウチだけですよ。メールで済む話なのに」
「生の声だからリアリティがあるんだよ。言葉の裏の表情って、結構重要なんだぞ」
「でも、それでクレームもかなり来てるじゃないですか。全部俺のせいにされるんですよ」
「そりゃあ、お前の料理が下手だからだ。素材にゃ手を加えすぎちゃいけねえのさ。この焼き鳥みたいに」
中年男性が焼き鳥にかじりつく。
「やっぱ、ここの焼き鳥美味い。で、昨日だってそうだ。お前の原稿の手直しに、どれだけ苦労したことか」
「あの人、言ってることが支離滅裂なんですよ。よく、あんな風に纏められますね」
「お前なあ、ありゃあ『捏造だ』って訴えられても、おかしくないレベルだぞ」
「だって、しょうがないじゃないですか。あんな大ニュースなのに、言葉並べただけで、ちっとも興味なさそうで。言葉尻繋げるの大変だったんですよ」
「末端の現場なんて、そんなもんだろ。ありゃあ、法規制が入るレベルの大ニュースなんだから」
「法規制?」
「考えてもみろ。建物に使われたら、構造計算変わるぞ。靴底に入れりゃあ、スポーツのルールだって変わるかもしれねえ。お偉いさん方が必死になって、情報と影響を調べてるだろうさ」
「あ、だからですか?スミスが『当面はブラックホール事業に優先して回す』って言ったのは」
「まあ、それもあるだろうけどな。『ブラックホール事業の脱落者』を払拭したいのもあるんじゃないのか?ある意味、あのシロモノは『ブラックホール事業』のおかげなんだし。撤退して大儲けじゃ、世間に顔向けできねえし」
「でも、これで『ブラックホール事業』に進展があるといいですね」
「何だ、お前『ブラックホール事業』に興味あったのか」
「そりゃあ、ありますよ。宇宙旅行や宇宙探検なんて子供の頃からの夢ですからね。やっぱ、男の子ですから」
「はぁ~、お前も若いね」
「先輩が年寄りじみているだけですよ」
「バカ野郎。現実的なんだよ、俺は。お前もいつまでも夢見てないで、現実を見ろ」
「じゃあ先輩は『ブラックホール事業』に夢見てないんですか?先輩の見ている『ブラックホール事業』の現実って何なんですか?」
「あ・・・現実か・・・」
中年男性の表情が曇り、コップのビールを一気に飲み干した。
「あの『グラビウム』ていうのと『ブラックホール事業』は、相性が良いんだろうな。現場じゃ『渡りに船』って喜んでるかもしれない」
若い男がビールを注ぐと、それもまた一気に飲み干した。
「でもグラビウムもブラックホールも未知の部分が大きい。現場が調子に乗りすぎると、いつか大事故を起こしそうな気がするんだよ」
「・・・大事故ですか」
「昔の原子力だってそうだ。うまく行ってるときはいいが、リスクが予想出来てねえ。いつか、やらかすんじゃねえかと心配になる」
中年男性は空になったコップを見つめている。
「か、考えすぎですよ、先輩。今回の報道は、かなり数字が取れたって言うじゃないですか。きっと『金一封』が出ますよ。ささ、もっと飲みましょ」
「考えすぎ・・・そうだな。現場を信じて夢見てた方がいいか」
「そうですよ。先輩もまだ若いんですから。あ、すみませ~ん。ビール2本と焼き鳥10本、追加で!」