立ち入り捜査(2)
「証拠をお出しすることは出来かねますが、罪状認否には正直にお答えしましょう」
超大国の理事はヴィクトールの提案を額面通りに受け取ることができなかった。「正直に答える」のどこに信憑性があるというのか。証拠を伴ってないものの真偽を判定する術はない。仮に全ての罪状をヴィクトールに否認された場合、虚偽を追求できる材料はあるのか。無罪で逃げられる可能性も否定できない。
ではこのまま何もせずに引き返すのか?いや罪状認否は重要だ。虚偽の発言は、虚偽を証明されれば罪が重くなる。簡単には否認できないはずだ。エクセル・バイオ側の出方を見るためにも罪状認否をする必要がある。
ヴィクトールの提案を受け入れた理事と捜査員一行は「冒険者」の応接室へと通された。
「では、まずクローン法第2条第2項『クローンの製造および使用は、人間の尊厳と人権の尊重、個人の自由とプライバシーの保護、および公共の安全を確保するために、適切な監督および規制機関により監督される必要がある』の違反容疑からです。過去から現在に至るまで、規制機関の監督は為されていませんね?」
捜査員の質問に、ヴィクトールは笑顔で答える。
「そもそも規制機関が設立される前から、クローン研究を続けているのです。こちらの違反は当然ですが、致し方無いところでもあります」
「容疑はそこではない。仮にも公布から今日まで6ヶ月の猶予があったのだから、その間に規制機関の監査を受け入れれば違反とはならなかったのでは?」
理事が追及する。監査を受け入れるだけなら6ヶ月は十分な時間だが、違反内容を是正してからの監査となると6ヶ月は短すぎる。
「今回は致し方なかったとして、今後規制機関の監督を受け入れるのであれば、情状酌量も考えないではないのだが?」
まるで恩を着せるような理事の物言いに、ヴィクトールは一切笑顔を崩さない。
「いいえ。先ほど申した通り、最先端の研究をしているのです。例え守秘義務のある規制機関であっても、監督させるつもりはありません」
堂々の違反宣言。あくまでもクローン法を無視するとでもいうのか。理事は怒りが込み上がるが、すぐに冷静さを取り戻す。今後も違反を続けるというのであれば、未来永劫に渡り「罰金」という名の供出金を搾り取ればいい。理事は思考を切り替えた。
その後も捜査員からの罪状確認に於いて、ヴィクトールは全ての罪を認めた。理事には想定外の展開だ。ヴィクトールの思惑が掴めなかった理事だが、ふと別の考えへと至る。
「それはヴィクトール・クローネル殿の指示であるか?」
個人の罪にして会社には責任が無いということにするのか。確かにヴィクトールの立場であれば会社側は逆らうことが出来ないため、会社の罪を軽くすることは可能だろう。しかしそれは「ヴィクトール・クローネルの失脚」ということに繋がる。いやヴィクトール・クローネルのカリスマ性を考えれば失脚など形だけであり、支配力は何一つ変わらないということか。
「確かに私の指示ではありますが、エクセル・バイオ全体の罪でもあることに間違いはありません」
あっさりと企業としての罪を認めるヴィクトールに対し、理事には彼女の意図が全くつかめない。
「では罪に対する罰についてはどう考えているのだ?裁判所設立前なので、ここは協議ということになるのだが」
「いいえ、協議には及びません。極刑に値するかと」
「極刑?」
「はい。『ISCO除名』です」