立ち入り捜査(1)
「これはこれは理事殿と捜査員の皆々様。ご足労恐れ入ります」
エクセル・バイオの研究施設「冒険者」に到着した超大国の理事の率いる捜査員たちを出迎えたのは、品のいい笑顔を見せたヴィクトール・クローネル総帥だ。御大将自らの余裕のお出ましに、捜査員たちに緊張が走る。今回の立ち入り捜査はクローン法案実施初となる違反摘発に繋げるためにも、一歩も引かない強固な姿勢が必要なのだ。しかしこれでは捜査員たちがエクセル・バイオに対して忖度してしまうかもしれない。出鼻を挫かれた超大国の理事は、小さくホゾを嚙んだ。失地を挽回しなければならない。
「単刀直入に申し上げる。今回の立ち入り捜査はエクセルシオン・バイオメディカル社のクローン法違反の疑いによるものだ」
笑顔のヴィクトールの眼光が鋭くなる。
「具体的に言おう。クローン法第2条第2項ならびに3項、第3条第2項3項4項、第4条4項5項、第5条第2項3項、第6条第3項、それぞれの違反の疑いがある。捜査に協力してもらいたい」
超大国の理事は捜査側が優位になるよう、エクセル・バイオがクローン法の何条何項に違反しているかを一気に述べた。だがヴィクトールの笑顔は変わらない。ポーカーフェイスか。
「捜査令状はお持ちですか?」
理事にとって予想の範疇の回答だ。ICSA(国際宇宙裁判所)設立前なので捜査令状は無い。よって強制捜査ではなく任意捜査となる。エクセル・バイオ陣営はシラを切る戦略を取るつもりなのだろうか。だとしたら好都合だ。逃げようとする相手ならば、捜査員は容赦しない。却って士気が上がるというモノだ。
「捜査令状はないので、あくまでも『任意』となる。もちろん拒否することも可能だが?」
任意捜査を拒否するということは、やましいことがあるからだ。つまり違反を自覚しているということであり、遠回しに『罪を認めている』ということに他ならない。
「ここは我が社の最先端の研究施設です。捜査に協力したいのはやまやまですが、お見せできないものが多すぎます。皆様は警察ではないのですから、守秘義務もないのでしょう?」
「そ・・・それは・・・」
理事は言い淀んでしまう。エクセル・バイオの研究はクローンの他にも超心理学やスピリチュアル学も研究対象だ。素人が見てもさっぱり理解できないものばかりだが、専門家にとっては大金をはたいても得難い情報である。捜査員は13名で全員ISCOの正規職員だが、正規職を失ってもお釣りがくるほどの情報を「流出させない」とは言い切れなかった。金に目が眩んでしまう輩も一定数いるのが現実なのだから。
「証拠をお出しすることは出来かねますが、罪状認否は正直にお答えしましょう」