売却(3)
ISCOの定期理事会の非公式議事録として「エクセル・バイオのCROUN株譲渡」の案が提出された。条件は「エクセル・バイオの保有株を全部買うこと」「最低売却価格は10兆Crd 」「購入希望者が複数の場合は入札方式にすること」だ。とはいえ10兆Crdを絞り出せる国家など、現実的にはISCO理事を務める3カ国しかいないのが現状。いや、厳密に言えば2カ国のみ。古豪国家は中小多くの国家も属する大国家連合の根幹であるが、一国家として見るならば国力は中堅よりやや上の国家でしかない。古豪国家に例え裏資金があったとしても、10兆Crdを用意するのは不可能だと思えた。
ヴィクトールはヘイゼル・ブランカに依頼して、超大国と独善国家の動向を探った。
どうやら二ヶ国とも本気でCROUNを欲しがっているようだった。彼らが必要としているのはクローン技術もさることながら、20万体のクローンを育成できる設備だ。それも軍事利用目的として。
仮に魂のないクローンを兵士にできる技術が開発されたら、短期間で優れた20万人の兵士を量産できることになる。どんなにクローン育成にコストがかかるとしても、一般人を兵士に育てあげるよりもメリットが多い。より危険な任務もさせやすいし、クローン法の内容によっては非人道的な使い方も可能になる。
(やはり我々とは考え方が違うのですね)
だからといってCROUNの株式譲渡を撤回するつもりはない。国家の考え方など基本的には変わるはずはなく、遅かれ早かれクローン設備を手に入れ、軍事利用を考えるのだろう。エクセル・バイオがどう動いたとしても、国家の考え方を変えることは不可能に近いのだから。寧ろ両国を競らせて入札金額を吊り上げる方が得策だとヴィクトールは考えた。
ヴィクトールはヘイゼル・ブランカに情報操作と撹乱の指示を出す。以前ISCOに提出した「ホムンクルス計画」に手を加え、偽の計画として練り上げるのだ。問題はどうやって信憑性を持たせるか。あたかも秘蔵の計画とした上で、国家に情報を盗ませなければならない。簡単に情報を漏らせば「罠」だと気付かれるだろうし、細部まで練り上げた計画でなければダミーだと感づかれる。しかも入札前でなければ意味がない。あくまでも入札金額を吊り上げるための偽情報なのだから。
「まずはエクセル・バイオの財政が悪化しているとの情報を流しましょう。『宇宙での投資規模が大きすぎて、地球上の利益が無くなっている。宇宙進出は完全な失敗であり、撤退も視野に入れている。CROUN売却は、その兆候だ』と」
「よろしいのですか?逆に買い叩かれはしませんか?」
「相手が1カ国であれば買い叩くかもしれませんが、彼の2カ国はライバルのようなものですから。意地の張り合いをしてくれますよ」