売却(1)
「どうやら国家に目を付けられたようですな」
『国家に目を付けられた、とはどういう意味でしょうか?』
ヴィクトールが問いただす。
「現在、ISCOでは『クローン法案』に関するプロジェクトが推進されています。法案を得意とする国家が中心となって動いているのですが・・・」
「CROUNに情報開示を迫ってきているのですよ」
『・・・今一つ、理解できません。情報開示であるならば、私たちエクセル・バイオに直接言えばいいものを』
「クローネル殿に直接言うことはないであろう。彼奴らの狙いは『クローンの情報と技術の両方を寄越せ』というのが本音であろうからな」
『・・・つまり、国家はCROUN事業に参加したいのだということでしょうか?』
「遠回しではあるが『法案を緩くしてやるから、我々にも一枚噛ませろ』と言いたいのであろう」
『・・・面倒な輩ですね』
「国家外交というのは、裏での駆け引きが重要なのだ。法を盾に取り、様々な搦手を駆使してくるものですよ」
「儂ら『企業』は法による卓袱台返しを何度も喰らっておるわ」
「法という武器には逆らえませんからね」
企業代表による国家への愚痴合戦が始まった。ヴィクトールは聞き流しながら、国家への対策を考える。各国の食糧事情にも精通しているエクセル・バイオにとって、ある程度の国家であれば思うように動かすことも可能だ。元「永遠の輝き団」を使い、裏から大国を脅すという手もあるにはある。相手が搦手を使うのであれば、対抗策がないわけではない・・・のだが。
『わかりました。私どもエクセル・バイオはCROUN事業を手放しましょう』
「「「え?」」」
CROUNの会議場に集まった面々が、モニターに映ったヴィクトールの声に驚愕した。
『エクセル・バイオの持つCROUNの株すべてを売却します。国家も飛びつくのではないですか?』
ヴィクトールの決断に、CROUNメンバーは暫し言葉を失う。
「・・・よろしいので?」
「金には代えられない技術が詰まっているのでは?」
『当然、技術料も込みです。・・・そうですね、10兆Crdぐらいでいかがですか?』
CrdはISCOが導入した宇宙用新通貨。レートは基軸通貨のドルとほぼ同じ程度である。ちなみに2020年のアメリカの国家予算が約6兆5千億ドル。25世紀の地球経済に於いても中堅国家予算レベルの金額であった。一企業グループが扱う額としては破格だ。
「いくら何でも、それは・・・」
『高すぎるとおっしゃいますか?私どもは、別にお金に困っているわけではないのです。買ってくれなくても、一向に構わないのです。エクセル・バイオの200年にも渡るクローン技術を買うのですから、決して高いとは思いませんが?』
CROUNメンバーはそれぞれが大企業の代表であり、金勘定には敏感である。CROUNの51%の保有権、20棟のクローン工場という資産、本家のエクセル・バイオも凌ぐクローン生産体制、今後の本格的な宇宙時代に於ける市場拡大、そして200年間のクローン育成技術を丸々引き継げるメリット、さらには自分たちがクローン転生で永遠の命を得る可能性、諸々をそろばん勘定していくと・・・
「・・・『買い』ですかな?」
「儂に金があれば、キャッシュで買うぞ」
「さすがに個人で買える額ではありませんが、先行投資としても考慮に値しますな」
「100年分割にしてもらえないかな?」
『フフフ・・・皆様、その気になられたようで何よりです。では私どもエクセル・バイオは、売却の準備を始めます。皆様方も当事者になりますので、よろしくお願いいたします』