アビオラ転生(1)
ISCOのCUEO暗殺未遂事件から1年が過ぎ、一時期の混乱から徐々にではあるが落ち着きを見せてきた。とはいえCUEO不在の影響は、決して小さくない。CUEO代行によるISCO運営、並びに宇宙開発事業の進展にも限界が訪れ始めている。各企業、国家の足並みが乱れ始め、開発が暴走状態なのだ。特に顕著なのがブラックホールエンジン開発事業である。成功すれば莫大な利益と影響力に直結する長期間の大事業なだけに、ISCOの統率力が緩んだ隙を突くように、無謀な実験と事故が繰り返されていた。
限界と言えば、クワメ・アビオラの延命措置も同様だった。4日持つかどうかという重体であったアビオラを、コールドスリープにより100倍延命しただけなのだから。残された処置は「このまま死を受け入れるか」「クローンへと転生するか」である。女性であれば100%自身のクローンなので、迷わずクローン転生を選ぶだろう。しかし男性の場合100%のクローンは不可能だ。他人である女性の除核卵から育成されたクローンは、オリジナルのPSCとの一致率は平均で80%前後。何度か男性クローンへの転生は施されたものの、10日と持たずに魂の喪失が確認されている。
男性クローンの問題に直面したエクセル・バイオは、新技術により「ホムンクルス」のオリジナルの女性の除核卵を使用した男性クローンを開発した。「ホムンクルス」とは錬金術で作られる人造人間のことではなく、エクセル・バイオが名付けた誰にでも憑依できるクローンのことだ。彼女たちはPSCを構成するPN(Psycho Nucleus=魂核子)の型の一つであり、他の型とも同化できる「PN-O」型を多く持っていた。そのため新型の男性クローンはオリジナルとのPSCの一致率が90%以上になり、憑依転生が可能になると目されていた。とはいえ開発はごく最近であり、クワメ・アビオラの新型クローンは3歳児程度までしか育成できていなかった。
エクセル・バイオの研究によると、クローンへの憑依転生は15歳以上でないと脳が転生前の記憶を維持することが難しいとのことだ。子供に転生した場合は、成長すると転生前の記憶を喪失してしまい別人になってしまうらしい。ただし実証実験が難しいため、あくまでも推測の域を出てはいないのだが。
クワメ・アビオラの選択肢は「旧型クローンへ転生して10日足らずを生きる」か「3歳児の新型クローンへ転生して、前世を忘れて新たな人生を生きる」か、ということになる。一般的に考えれば、3歳児の新型クローンへの転生を選ぶだろう。10日しかない命を選ぶとは誰も思わなかったのだ。しかしクローン転生のためにコールドスリープから目覚めたアビオラは、真逆のことを静かに言った。
「旧型に転生させてほしい」