強襲(1)
深夜のヴィクトールのプライベートルーム。ヴィクトールは不意に目を覚ました。まるで誰かに起こされたように。隣で寝ているグレイは・・・起きたようだ。ヴィクトールがグレイを見たと同時に、グレイも顔をこちらに向けた。薄暗闇の中、至近距離で目が合う。普段なら気恥ずかしさに顔を赤らめるグレイなのだが、視線は鋭い。嫌な予感がする。
《ヴィクトールも気づいたのか?》
わざわざテレパシーで会話してくるところを見ると、余程の緊急事態なのだろう。最近のグレイは霊子水の効果か、あるいは元助教授による超心理学の勉強の賜物か、気配の察知がヴィクトールよりも鋭敏になっていた。
薄暗闇の中、ヴィクトールはライトを付けようとベッドから抜け出した。途端に明るくなるプライベートルームの中、全裸のヴィクトールの姿が鮮明に浮かび上がる。グレイは目のやり場に困っている・・・場合ではなかった。
非常事態。何者かがこの部屋に潜んでいる。グレイもベッドから出て、ヴィクトールの隣に並び立つ。
《ヴィクトール、わかるか?》
二人は背中合わせになり、周囲を警戒した。
《下っ!!》
二人が大きく飛び退くと、彼らのいた絨毯に黒いシミが浮き出てくる。黒いシミは黒い靄として浮かび上がり人間の姿を形作っていった。霊視ができないグレイの目にもはっきりと映るほど。黒い人型は漆黒のローブを纏った骸骨の姿に変貌した。
霊視ができるヴィクトールにとって、目の前に現れた漆黒のローブを纏った骸骨はまさに「怪物」だ。自分たちのような生きている肉体からの幽体離脱、つまり「生霊」とは全く異質の存在の「死霊」なのだから。幽体の姿は生前の姿を現すというが、骸骨ということは何を意味するのか。生前の姿を捨てたのか、または最初から異質の「モンスター」だったのか。
いずれにしろ、目の前の骸骨が生身の人間で太刀打ちできるような存在ではないことは明白だった。
二人は身構える。しかし対抗手段はない。憑依されたら抗えるのか?グレイなら可能かもしれないが、グレイに簡単に「喰われた」ヴィクトールでは・・・間違いなく目の前の「漆黒のローブを纏った骸骨」が暗殺者なのだろう。
《・・・ハズレ・・・か?》
グレイのものとは違うテレパシーが、ヴィクトールに届く。「ハズレ」とはどういう意味だ?
「ヴィクトールはやらせないっ!!」
グレイがヴィクトールの盾となるべく、骸骨の前に立ちはだかる。
《・・・『ボマー』だな?・・・試させてもらおう》
「俺を・・・知っている?」
(骸骨がグレイの過去を知っているとは?同じ暗殺組織なのか?)
ヴィクトールが思案していると、グレイに漆黒のローブが取り付いていた。ヴィクトールが阻まれたグレイのオーラを、骸骨は容易く突き抜けグレイの中へと入っていく。
《やはり、ハズレか・・・》
骸骨のテレパシーなのだが、気配はヴィクトールの後ろだ。振り向くとグレイに憑りついたはずの漆黒のローブを纏った骸骨が、ヴィクトールの背後に立っていた。