グレイの実験(3)
前回の実験同様、グレイはヴィクトールを受け入れるべく、やや緊張しながら目を瞑り軽く両手を広げて立っていた。
前回のヴィクトールは幽体離脱をしてからグレイに近づいて行ったのだが、今回のヴィクトールは生身のまま歩いていく。わずかに腰を振り、妖艶な雰囲気を醸し出す。見た目は20代前半で清楚なロングスカート姿なのだが、ウェーブのかかった長い金髪を揺らす姿は高級コールガールのようにも思えた。
嫋やかな指先でグレイの両頬を優しく包み込むと、高身長の腰を屈め、顔を近づけていく。誰かの生唾を飲み込む音が微かに響く中、ヴィクトールはグレイに口づけをした。戸惑うグレイも頬を赤らめながら受け入れる。唾液を交わすようにお互いの舌を絡ませる濃厚なキス。ヴィクトールの両手はグレイの顔を掴んで離れない。グレイの両手もヴィクトールの腰をホールドして離れようとしない。周囲の時間が止まったかのような二人のディープキスは、不意に終わりを告げた。
「グレイ、私をこのまま支えていてください」
ヴィクトールの体が脱力し、グレイにもたれ掛かる。恍惚から驚愕へとグレイの表情が変わった。ヴィクトールはオーラの壁を突破するべく、グレイに密着しながら幽体離脱をしたのだ。
《!!》
同時にヴィクトールも驚愕していた。幽体としての危機を感じ、即座にグレイから離れる。ヴィクトールの幽体の両手が消え失せていた。
《・・・喰われた?》
ヴィクトールの感覚では魂の半分が、グレイの魂に喰われたように思えた。
《総帥様!!危険です!!すぐに本体に戻ってください!!》
元助教授からの警鐘のテレパシーがヴィクトールに届く。本体に戻ったヴィクトールは強烈な倦怠感から、全身の力が取り戻せなかった。ぐったりと脱力したままでグレイの腕の中、立つこともできない。全身から冷たい汗が噴き出していた。
「ヴィクトール!!大丈夫か!?」
狼狽し叫ぶグレイに、ヴィクトールは弱々しい笑顔で応えた。
「グレイ・・・あなたは・・・私の・・・想像以上です」
「喋らなくていい!!横になって休んでるんだ!!」
グレイはヴィクトールの両膝の後ろに手を入れ、横向きに抱き上げた。いわゆる「お姫様抱っこ」である。そのまま研究室の長椅子に、ヴィクトールを優しく寝かせた。ヴィクトールは飛びそうな意識を必死に繋ぎ止める。所長がヴィクトールに毛布を掛けた。
「・・・PGCデバイスの・・・データは取れましたか?」
掠れた声のヴィクトールの問いに、元助教授が冷静に応える。
「総帥様の霊子量が23%減少しました。ですが霊子はエネルギーです。数日安静にしていれば回復します」
聞きたいことはそれではない、とばかりにヴィクトールは首を横に振る。
「グレイは未だ47%がPNGのままです。実験前は49%でしたので、2ポイント改善したことになります」
「・・・そうですか」
ヴィクトールが20%以上の霊子を費やしても、グレイの2%分にしかなっていない。単純計算ではあるが、霊子量の差は10倍以上。スピリチュアル学によると、霊子の量は「霊力」と表現している。霊力とは魂のエネルギーであり、魂の力ということだ。超心理学に於いても霊子をエネルギーとしており、ESP能力の精度や持続時間、範囲や距離に直結しているという。ファンタジー世界であれば「魔力」と言っても差し支えないだろう。
「・・・アプローチを変えましょう・・・少し・・・眠ります」
ヴィクトールは意識を手放した。